今日は月曜日、あすコロラジオ66回目をお届けします。
前回までお話ししてきた「月は悪いものなのか」シリーズの番外編として、大切な話をお伝えしたいと思います。
善だけの世界では、実は人間に本当の自由はない。
そんな意外な視点から、人間の尊厳について考えてみたいと思います。
(この記事はポッドキャスト番組「あすコロラジオ」を一部AIを使って記事化したものです。番組の空気・臨場感は是非音声でお聞きください)
🌟 フェイスブック広告の詐欺問題から感じた時代の変化
最近フェイスブックを開いたら、本田健さんが仕手株まがいの投資クラブを宣伝しているような広告が目に飛び込んできました。
あの『ユダヤ人大富豪の教え』で有名な本田健さんが、こんな詐欺まがいのことをして大丈夫なの?と思ったんです。
実は、本田健さんには過去に2回びっくりさせられてるんですね。
1回目は、まだ全然顔出しされてない頃に書かれた『ユダヤ人大富豪の教え』を読んだとき。
純粋にすごいなぁと思ったんですね。
そして2回目は、お顔を拝見した時。
えっ、こんな人だったの?みたいな感じで。
このあすコロラジオの一番最初の回で、ラジオDJさんの話をさせていただいた時に、すごい声の人を実物見たらびっくりしましたという話をしたんですけれども、本田健さんもそのたぐいですね。
こんなふくよかな方だったっけ?みたいな感じで、ちょっとびっくりしたんですね。
決して本田健さんが嫌いなわけじゃないですよ、面白いなとは思うんですが。
それで調べてみたら、どうやらご本人のウェブサイトのところで、これは詐欺ですとちゃんと言っておられるみたいなんです。
そらそうやろなと思ったんですけれども、あれを見たら騙されますよね。
このフェイスブック広告、めちゃくちゃ出るんですよ。
本人が偽物だと言ってるのに出して大丈夫なの?と思っていたら、ニュース記事で、フェイスブックが詐欺広告でめちゃくちゃ儲けているみたいな話が出てきたんですね。
多分コロナの時だったら検閲が激しかったですから、そういう話も出てこなかったと思うんですが。
でも、今年はあすコロ大好きなリリスがいろんな闇を暴いてくれてますから、そういう流れの中で、「フェイスブックが裏でこんなことやってたんですか!?」みたいな話も出てきているのかなと。
これも時代の流れかなぁという気がしています。
💡 月はルシファー、そして悪の存在が人間にもたらしたもの
さて、今日は前回までやらせていただきました「月は悪いものなのか」という話の続きというか、番外編です。
このシリーズでは、マドモアゼル・愛さんの月の欠損理論、それからシュタイナーの月=ルシファー説を引用させていただきながら、あすとろサイコロ的な考え方をご紹介させていただきました。
その中で、シュタイナーさんが書かれた『神秘学概論』という意味不明な本の中で、月はルシファーであるということをご紹介したんですね。
悪魔であるルシファーが人を簡単に善の道に行かせないために誘惑をしてくる。
その誘惑がある中で、人間は意識的に善を選ぶということが魂の成長になる。
そういう意味で、悪というものは必ずしも悪者ではないという話をさせていただきました。
その流れの中で、もう一つ大事な話があって、それをご紹介するのを忘れていたので、それを今日は番外編としてご案内させていただこうと思うんですね。
🔍 強いリーダーを求めることの危険性と自由の喪失
以前、高市早苗さんが総理大臣になって、世の中がずいぶん盛り上がっているということに対して、ちょっとそれまずいんじゃないの?という、警鐘というわけじゃないけれども、ぼくなりのひねくれた考え方をご紹介させていただきました。
強いリーダーを求めてしまうと、最終的にヒトラーを選んだドイツみたいな感じになっちゃって、人から選択肢が奪われていくという話ですね。
そしてそれと同じようなことが、このシュタイナーさんの書かれた『神秘学概論』という意味不明な本の中で書かれているんで、ちょっとご紹介したいと思うんですね。
言葉が意味不明なんですけれども、かいつまんでお話しさせていただきますと、月が地球から分離していったと。
月というのは前々回お話しさせていただきましたように、進化に乗り遅れた意識体である。
そいつがルシファーとして誘惑してきているということなんですけれども。
それで、こう書かれているんですよ。
「太陽から分離することによって独立し、人間が太陽存在から直接得た知識よりも、もっと自由な意識を獲得することができた」
ここに「自由」という言葉が出てくるんですね。
もう一つ面白いのがこれ。
「この月の存在たち、つまり地球期の月から働きかけて、人間の意識を宇宙の鏡に変え、それによって人間に自由な意志を付与しなかった霊的存在たちと対立するものは、ルシフェル的な霊たちと呼ぶことができる。ルシフェル的な霊たちは、人間の意識の中に自由な活動を呼び起こしたが、それと同時に誤謬と悪の可能性をも人間に与えたのである」
これが非常にポイントなんです。
月が出てくるまでは、何も考えずに善に行っていた。
でもそこには人間の意志というものを、高次の存在は認めてこなかったという文脈なんですね。
それが、人間を悪の道に誘惑するルシファーの存在が出てくることによって、人間に自由な意志をもたらしたわけですね、結果的に。
自由って何ですかというと、「選択できる」ということだから。
🌱 選択できることこそが人間の尊厳
これこそが人間の尊厳の一番のところだとぼくは思うんですね。
選択できるというのは、正解でも不正解でも選択できる。
不正解という選択がある中で正解を選ぶということ。
その自由な意志を持てるということこそが人間の尊厳であると思うんですね。
やっぱりそれを人間というのは追い求めていくようになっているし、追い求めていかないといけないと思うんですよ。
選択肢がなくなってしまった状態になると、最初は心地よかったとしてもですよ、今2030年にこのダボス会議で言われているような「グレートリセット」というやつ、「物を持たないけれども幸せ」みたいな、ああいう世界に行っちゃうと。
最初は心地いいかもしれないけど、真綿で首を締めつけられるかのように自由が奪われていくということが起こってくるわけですよね。
それで本当にいいのかと。
だからドイツなんかでも、最初ヒトラーはすごく心地いいことを言ってましたけど、最終的にはあんな感じになるとか、そういうふうな懸念があるわけです。
ただ、その自由を得るためには、人間というのは強い意志を持たなければならない。
自由を選ぶという意志もそうだし、選択したことに対する責任ですね。
そういうものを背負っていかなければならないというのが、自由の裏返しになる。
でも、自由を求めていく、自由を獲得する、自由を享受するためのメンタリティを醸成していく。
それが「魂の成長」と怪しい世界では言いますけれども、それこそが人間が生きていく価値なのかなと思うんですね。
これこそが、善と悪の融合というか、ワンネスの世界というか、そういうことかなと思っています。
📝 まとめ
悪の存在は、一見すると人間を苦しめるものに思えますが、実は人間に「自由な意志」をもたらした存在でもあります。
善だけの世界では、人間には選択肢がなく、本当の意味での自由はありません。
正解と不正解の両方がある中で、意識的に善を選ぶこと。
その選択の自由こそが人間の尊厳であり、魂の成長につながると思うんですね。
- 月(ルシファー)の存在が人間に自由な意志をもたらした
- 自由とは「選択できる」ということ
- 不正解という選択肢がある中で正解を選ぶことに意味がある
- 選択肢がなくなった状態は、一見心地よくても自由の喪失につながる
- 強いリーダーへの依存は、最終的に自由を奪われる危険性がある
- 自由を得るには強い意志と責任が必要
- 自由を享受するメンタリティを醸成することが魂の成長
- 善と悪の両方があることで、人間は本当の意味で自由になれる
人生挫折ヒストリー
〜金融マンがなぜスピリチュアルに?〜
(ぼくの恥ずかしい黒歴史)

(あすとろサイコロ運営者・きーぼー)
金融マンとして日々仕事に追われ、
気づけば家庭崩壊寸前に。
心身ともに限界を迎え、
アラフォーでまさかの「追い込まれ退職」。
主夫状態で家族と向き合うも
そこで見せつけられた
「人間性ゼロ」の醜悪な本性
多くのミドルエイジ世代同様に
ぼくも痛烈に実感させられた
「心の空虚さ」と「行き詰まり感」
調子こいて出世街道を歩んでいた
「口だけ男」がどのように転落し、
そこからどうやって這い上がってきたのか。
なぜ、元金融マンだったぼくが
全然関係ないプログラミングとか
怪しいスピリチュアルとかやってるのか。
ぼくの恥ずかしい黒歴史を
ここに公開します。







