前回・前々回とお話ししてきました「月は果たしていいものなのか、悪者なのか」という問いに対して、今回はあすとろサイコロ的な現時点での結論をお話しさせていただきたいと思います。
ちょっと怪しいスピリチュアル色が強いテーマですが、よろしければお付き合い頂ければと思います。
(この記事はポッドキャスト番組「あすコロラジオ」を一部AIを使って記事化したものです。番組の空気・臨場感は是非音声でお聞きください)
🌟 月の欠損理論から始まった問い直し
もともと月というのは「いいもの」として捉えられていました。
心の安全弁というか、安心できる領域として考えられていたんですね。
ところが、マドモアゼル・愛さんが一石を投じまして、「月の欠損理論」というものを提唱されました。
これは、月というものはいくら追い求めても獲得できるものではないという理論ですね。
つまり、月はほんまは悪者なんじゃないか、という議論を巻き起こされたわけです。
ぼくはこの考え方に「そうやな」と思っている一人なんですが。
実は、この話はマドモアゼルさんが発端ではありません。
その100年前にルドルフ・シュタイナーが、『神秘学概論』というちょっとオカルティックで意味不明な本の中で言っていたことなんです 📚
シュタイナーによると、もともと月というのは地球から派生した、進化に乗り遅れた意識体の集合体であると。
それが堕天使ルシファーの象徴、つまり悪魔信仰の象徴になっているというんですね。
で、悪魔の役割というのは「誘惑をすること」。
人間が善の道に行くのを阻めるために、要は自分たちと同じように進化を遅らせるための誘惑をしてくる存在である、と。
なんだか怖い話のようですが、ここからが重要なんです。
💡 善を意識的に選択するための「悪」の存在意義
じゃあ、ほんまに月は悪者なのかと言われると、いや、シュタイナーさんはそうじゃないと言っているんですね。
そうじゃなくて、善なるものと悪なるものがあるという中で、善を意識的に選択する。
そういう選択肢があること、意識的に選択するという選択肢を与えるという存在として、悪というのは非常に有効であると。
こういうふうにおっしゃっておられるんですね。
これは、ぼくは全くその通りやなと思っています。
これが今のあすとろサイコロでの太陽星座・月星座理論なんです。
占星術では、星というのは特定の意識の集合体というふうに捉えています。
あすとろサイコロ的には、太陽星座が自分の生きる目的・使命を表していて、だから本当の自分なんですね。
一方、月星座というのは無意識の領域。これはこれまでの占星術と一緒なんですが。
無意識の領域ですから、それが何を意味しているのかというと、自分の親とか、親というのはずっと遡りますが、家系とかですね、社会からすり込まれている古い価値観であるということなんですね。
だから、これをいくら追い求めても幸せになれない。
ここがマドモアゼルさんの月の欠損理論と合致している考え方になるわけなんです。
🔍 人生はRPG——無意識から意識的な選択へ
ですので、無意識のまま過ごしていきますと、古い価値観とか社会の常識に引っ張られて、ほんまの自分の生きる目的・使命を生きることができない。
だから、そこを意識的に自分の生きる目的・使命を果たすために、何をしなくちゃいけないのか。
日々の行動を意識的に選択していくということが、今世生まれてきた意味であり、魂の成長であるということなのかなと思うんですね。
そういう意味で、無意識に象徴される月の存在っていうのは、人間が生きていく上で重要なものであると ✨
だって、簡単に生きる目的・使命を達成しても面白くないでしょう。
オリンピックで金メダルを、何も練習せんと明日取れたって、何も面白くない。
やっぱりいろんな苦労・練習を重ねるっていうことがあるからこそ尊いし、獲得した時に嬉しい気持ちになるはずなんです。
だから、人生ってRPGやとぼくは捉えています 🎮
いきなりゲームが始まった瞬間にラスボスを倒せたって、何も面白くない。
じゃなくて、始めは低いレベルから、だんだんとヒットポイントを貯めていって、スライムすらも倒せない。
でも、そこから力を貯めていって、だんだんといろんな苦労も重ねながら、最終的にラスボスのゾーマを倒すからこそ面白いわけですよね。
じゃあ、なんでそうなっているのと言われると、それはもう神様がそうしてるからとしか言いようがないわけですが。
ですから、月というのは無意識から意識的なものを選択するための誘惑的な存在として意味があるということなんですね。
🌕 満月の本当の意味——願望成就ではなく意識的に生きるための儀式
じゃあ、翻って今回の満月の話ですよ。
満月っていうのは月が完全に見えてしまっている状態ですので、非常に人間の無意識に働きかける力っていうのが大きくなるんじゃないかなというふうに、この文脈では捉えることができると思うんですね。
ですので、よく「満月になったら願望が成就する」「新月に植えた種が満月で成就する」とかっていうふうに言われますけれども、そこは違うんじゃないかなと思っています。
どちらかというと、怪物くんの狼男が満月の夜に表に出たらほんまに狼男に変身してしまうみたいな、ああいう感じの作用の方が大きいんじゃないかなというふうに思っているんです 🐺
ですから、より日々の行動を意識的にしていくっていうことが、満月の時に求められるメンタリティーかなというふうに、あすとろサイコロ的には考えているんですね。
🌱 満月の感謝は「意識的に生きる」ための実践
じゃあ、なぜ感謝なのか。
あすとろサイコロ的にも満月は感謝をするのがいいんじゃないかなと思っています。
ただ、よく一般的に言われているのは、願望が成就するから、それに対する感謝。
でも、あすとろサイコロでは、同じ感謝でも捉え方がちょっと違うんです。
感謝をするっていうのは、自分の意識を無意識から離して意識的に持っていくための儀式だなとぼくは思っているんですね。
何も考えなければ、無意識にテレビのニュース見たりとか新聞見たりとかすると、もう不満とか不安に持ってかれるんですよね。
人間の脳ってなんかやっぱそうなってるんでしょう。
じゃなくて、今自分が感謝できることって何やろう、自分が満たされていることって何やろうっていうことを、感謝をするという観点に立てば、それを意識的に探していくということになる 🔍
ですから、よく言われますように、「今日生きてるだけで丸儲け」とか「息が吸えるだけで感謝」とか、そこの領域にいきなり行くのは難しいかもしれないんですけれども、そういうところも感謝だと思うんですよ。
朝起きて天気が晴れてました、太陽の光を浴びました、すごいいい気分になりました、とか。
いろんな不安はありながらもご飯が食べれていると。
ウクライナとかガザみたいに戦争してるわけでもなくて、平和に生きることができているとか。
そういう何か自分が恩恵を受けていることを意識的に探していくことによって、特に満月は無意識に働きかける力が強いですから、そこからの影響を受けずに済むというための感謝なんですね。
本当は自分というのは色々と満たされながら守られながら生きてるんだよと。
人生RPGと言って、いろんな苦労とかあるかもしれないけども、それでも自分というのは守られてるんだよということに対して意識を向けることができるのかどうかというのが、満月の本当の意味なのかなと思っています 🌕✨
📝 まとめ
月は善でも悪でもなく、私たちが意識的に生きるための大切な存在。
無意識のまま流されるのではなく、日々の選択を意識的に行っていくこと。
それが人生というRPGを楽しみながら、自分の使命を果たしていく道なのかもしれません。
今回のポイント:
- 月の欠損理論:月は追い求めても獲得できない無意識の領域を表す
- シュタイナーの教え:悪は善を意識的に選択するために必要な存在
- 太陽星座は本当の自分(生きる目的・使命)、月星座は無意識(古い価値観)
- 人生はRPG:簡単に達成できても面白くない、苦労があるからこそ尊い
- 満月は願望成就ではなく、無意識の影響が強まる時期
- 満月の感謝は意識を無意識から離すための儀式
- 感謝は自分が満たされていることを意識的に探す行為
- 私たちは守られながら生きていることに気づくことが大切
- 月との向き合い方は、無意識から意識的な選択へのシフト
人生挫折ヒストリー
〜金融マンがなぜスピリチュアルに?〜
(ぼくの恥ずかしい黒歴史)

(あすとろサイコロ運営者・きーぼー)
金融マンとして日々仕事に追われ、
気づけば家庭崩壊寸前に。
心身ともに限界を迎え、
アラフォーでまさかの「追い込まれ退職」。
主夫状態で家族と向き合うも
そこで見せつけられた
「人間性ゼロ」の醜悪な本性
多くのミドルエイジ世代同様に
ぼくも痛烈に実感させられた
「心の空虚さ」と「行き詰まり感」
調子こいて出世街道を歩んでいた
「口だけ男」がどのように転落し、
そこからどうやって這い上がってきたのか。
なぜ、元金融マンだったぼくが
全然関係ないプログラミングとか
怪しいスピリチュアルとかやってるのか。
ぼくの恥ずかしい黒歴史を
ここに公開します。






