あすコロラジオ47回目をお届けします。
47といえば赤穂浪士。
秋分から1週間が経ちましたが、皆さんどうでしょうか、何か変わりましたか。
ぼくはなんだかスッと今までつっかえていたものが流れ始めているような、重かった時期がようやく抜けていく感じがしています。
(この記事はポッドキャスト番組「あすコロラジオ」を一部AIを使って文章化したものです。番組の空気・臨場感は是非以下の音声でお聞きください↓↓↓)
🌟 赤穂浪士の話から見えてくる「理不尽さ」への向き合い方
赤穂浪士という人たちは、ご存知の方も多いと思いますが、忠臣蔵の話ですね。
兵庫県の赤穂藩の当主お殿様、浅野内匠頭が江戸の宮中で粗相をしたということで切腹させられたと。
いじめられていたらしいんですけれども。
いじめた方が吉良上野介。
でも、吉良上野介はお咎めなしで、粗相してしまった方、つまりあまりにもムカついていじめられまくったので切りつけに入ってしまった方は切腹させられてしまった。
「どういうことや!」ということで、家臣たちが謀反を起こしたわけですね。
これは美談として捉えられていますけれども、世の中の理不尽なことに対して立ち上がっていくという、ちょっと話がズレていきますが、法で裁けないことがある時に、まあどうやってその理不尽さを解消するために声を出していくのかということは、いろいろ賛否両論あるんだろうなとは思います。
これは別に法律を破ることを推奨しているわけではありませんよ。
でも、結局その法律というのも、管理したい人たちの都合に合わせてできている部分があると思うんですね。
💡 同じ「害」なのになぜ扱いが違うのか?―大麻とタバコ、賭け麻雀と競馬
最近なんか大麻の話がよく出てますよね。
未成年が大麻を持っていて、うちの近所でもあったみたいなんですけれども、捕まるみたいな話があって。
別にぼくは大麻を推奨しているわけじゃないですよ。
じゃないけれども、でも同じ中毒性のあるものでも、大麻はダメで何でタバコはいいのか。
タバコだって十分害がありますよね。副流煙なんかもひどい話だし。
まあ、あれは本当はタバコがというよりは、タバコを巻いている紙が悪いという話も聞いたことあるんですけれども。
これは別にタバコと大麻のどっちがどうという話をしたいわけじゃなくて、同じように人間の体に害を及ぼすと言われているものなのに、なんでタバコは良くて大麻はダメなのかということですよね。
例えばギャンブルなんかもそうですけれども、ギャンブルはダメだ、依存症になると言われているけれども、じゃあなんで競馬や競輪はよくて、賭け麻雀はダメなのか。
一緒じゃないですか。
賭け事としては一緒なのに、なんでダメなんですか。
これも法律がそうなっているからと言いますけれども、じゃあその法律ってなんでそれで正当化されるのかっていうところなんかも問われてくるわけですよね。
🔍 「正しさ」は一本筋が通っているわけではない―盲信せずに自分の頭で考える
だから結局、何が本当に正しいのかということに関しては、一本筋の通ったものがあるわけではないんです。
だからよく「決まりを守るのが偉い」とかね、特にぼくら子供の頃によく言われてましたよね。
大人しくて言うことを聞くやつが良いみたいな。
なんか「規律を乱す乱暴者はダメだ」みたいな感じがありましたけど、社会に出てみたら意外にそういう子の方が、世のためになることをやったりとかですね。
あとは「なんでそもそもそんな規則になってるの?ルールになってるの?」みたいなことに疑問を持って、本当のことは何なのかっていうのを、その人とか社会に植え付けられた価値観をそのまま盲信するわけじゃなくって、本当は何が正しいのかっていうのを自分の頭で考えていく。
そういう力を身につけていった方が大人になって、まあ生きやすくもなるし。
その今この作られている法律というか社会の枠組みというものが本当に正しいものなのか。
「正しい」という言葉は非常に主観的なものでありまして、何をもって正しいのかというのは人それぞれ違いますよね。
🌱 「正しさの押し付け」が争いを生む―富士山の登り方は一つじゃない
ですから、その正しさを「俺の方が正しい、俺が正しいからお前が間違ってる」っていうふうに、正しさの押し付けをしちゃいますと、争いが起こる。
これは古今東西、人類が生まれてからずーっと行われているわけです。
それが宗教なんかもまさにそうですよね。
宗教というのは本当はその人の心を救って、みんなが平和に楽しく明るく暮らすためにはどうしたらいいのかというのを、その心のメカニズムを解き明かしながら考えて実践して、それを実現していくものであるはずですよね。
最終的なゴールに至る道っていうのはいくつもある。
富士山のてっぺんに登る登り方っていうのは登山口はいくつかあるわけですね。
河口湖口から登る登り方もあれば、御殿場口から登る登り方もあれば、道は一個じゃないけれども到達するゴールは同じ。
そういった時に、「俺の道でないとダメだ、ぼくの道でないとダメだ、そうでないものは敵だ」というふうに、その敵を作って争ってきたっていうのが、これまでの宗教戦争がまさにそうですね。
なんで宗教が戦争するの?宗教って戦争をなくすためのものなんじゃないの?
ということなんだけども、堂々と戦争しているってことですよね。
そういう分断の助長、分断の源になってしまってるわけですね、宗教が。
そのキリスト教にしろ、イスラム教にしろ、まあ昨今日本で大流行りの統一協会なんかも、あれも一応宗教って言ってるけれども、やってることは何ですかっていう話でありまして。
ですから、その世の中の仕組みというのが本当にこれで正しいのか。
自分は本当はどういうような社会を実現したいのか。
まあ社会というと大げさですけれども、自分はどういうような人生を歩みたいのか。
自分の身の周りのところをどうしたいかっていうのを考えていく。
その時に、自分のやり方が正しくて相手が間違っているのかっていうのを断じないということが多分大事なんでしょうね。
自分は自分の道を進めばいいと。
自分に賛同する人は後から勝手についてくる。
「みんな違ってみんないい」というのは、本当はこういうことなんでしょうけれども。
自分も人のこと言えませんが、なんか赤穂浪士の話からこんな話になってしまいました。
📝 まとめ
赤穂浪士の話から始まって、法律や社会の枠組み、そして「正しさ」というものについて考えてみました。
タバコと大麻、競馬と賭け麻雀という例を通して、同じような性質のものでも法律での扱いが全く異なることに疑問を持つことの大切さ。
そして何より、「正しさ」を押し付け合うのではなく、それぞれの道を尊重し合うことの重要性について考えました。
今回のポイント:
- 法律は管理したい人たちの都合に合わせてできている部分がある
- 同じ「害」でも扱いが違う矛盾―タバコと大麻、競馬と賭け麻雀
- 「正しさ」には一本筋が通ったものがあるわけではない
- 社会に植え付けられた価値観を盲信せず、自分の頭で考える力が大切
- 「正しさの押し付け」が争いを生む―宗教戦争がその典型
- 富士山の登山口は複数ある―ゴールは同じでも道は一つじゃない
- 「俺が正しい、お前が間違ってる」という姿勢が分断を生む
- 自分は自分の道を進めばいい、賛同する人は後からついてくる
- 「みんな違ってみんないい」を本当の意味で実践する
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〜金融マンがなぜスピリチュアルに?〜
(ぼくの恥ずかしい黒歴史)

(あすとろサイコロ運営者・きーぼー)
金融マンとして日々仕事に追われ、
気づけば家庭崩壊寸前に。
心身ともに限界を迎え、
アラフォーでまさかの「追い込まれ退職」。
主夫状態で家族と向き合うも
そこで見せつけられた
「人間性ゼロ」の醜悪な本性
多くのミドルエイジ世代同様に
ぼくも痛烈に実感させられた
「心の空虚さ」と「行き詰まり感」
調子こいて出世街道を歩んでいた
「口だけ男」がどのように転落し、
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なぜ、元金融マンだったぼくが
全然関係ないプログラミングとか
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