あすコロラジオ42回目をお届けします。
前回から1週間ほど更新が途絶えて、番組終了に向かってまっしぐらという感じになってしまっていますが、星ひとみさんから「牡牛座の人は発信方法を変えたら」とアドバイスをいただいて、あれからちょっと悶々としています。
でも、こういう気づきを得ながらでも、もう少しコツコツやっていくことで何か生み出されるものがあるかなと感じて、しばらくはこんな感じで続けてみようと思います。
(この記事はポッドキャスト番組「あすコロラジオ」を一部AIを使って文章化したものです。番組の空気・臨場感は是非以下の音声でお聞きください↓↓↓)
🌟 野球の試合で聞いた顧問の先生の心に響く話
実は3連休中に、ぼくの絶賛反抗期中の息子くんの野球の試合がありました。
結果は負けてしまったのですが、その時に顧問の先生がすごくいい話をしてくださったんです。
試合の内容はすごく惜しい試合で、1点を争う緊迫したロースコアの試合でした。
最終的にはミスの多い方が負けたという感じになりましたが、その反省会で、ぼくもちょっと話を聞かせてもらったんですね。
もちろん直接的な負けの要因になったミスはさておき、顧問の先生がおっしゃったのは、そもそもの姿勢、向き合う姿勢についてでした。
特に高校野球などもそうですが、自分たちだけで全てができるわけではないと。
当然グラウンドを用意してくれる人、顧問の先生もそうですし、マネージャーさんもそうですし、保護者でいろんなサポート、車を出したり差し入れを入れたり、そういうことをやっているわけです。
それを当たり前に思っていないか、という話をしてくださったんですね。
これは、ぼくがまさしくうちの絶賛反抗期中の息子くんに伝えたかったこと!
ぼくが言っても聞く気がないから、顧問の先生が言ってくださると、琴線に響くかなと。
最初負けた時は、すごく悔しい感じでしたが、負けたことによってこういう話をしてくださって、逆にこれは負けてよかったなと思ったんです。
💡 「ありがとう」という言葉に隠された深い意味
「やってくれることを当たり前にするなよと」いうことは、要は感謝ということですよね。
感謝って何か。
感謝する時、人は「ありがとう」という言葉を発すると思うのですが、「ありがとう」という言葉、どういう漢字で書くのか。
知っている方もたくさんいらっしゃると思いますが、「有る」に「難い」ですよね。
「有り難い」、つまり「有る」ことが「難しい」。
自分だけではそれを存在させるのが難しいけれど、それをしてくれる人がいる。
だから感謝の気持ちで「ありがとう」ということだと思うんですね。
その感覚を感じることができるのかどうか。それが、実は人生を豊かにする。
また、願望実現でよくある「すでに叶っている」=「すでにある」ということがわかれば願望実現がしやすいと言われたりしますが、まさにこれがそれでしょう。
「有る」ということが「難い」ものがあるから感謝する。
「すでにある」ということは感謝ということと繋がると言われたりしますが、だから、そこに気づく必要があるということですね。
🔍 願望の本質と「すでにある」ものへの気づき
例えば、自分は愛されて守られている存在であるという願いがあったとしましょう。
その根底にあるものは何かというと、愛されたいという願望ですよね。
心からの安心感、愛されているという感覚を得たいということ。
それが特定の誰かに投影されているということはよくあることですよね。
例えばA子さんという人と結ばれない限りは願いが叶わないということになるけれど、本当は根底にある欲求は、温かい愛されていることを感じたいということなんです。
でも、それは実は「ある」んです。
よく例に出されるのは、今日も生きています、美味しいご飯が食べられます、寝るところがありますって、そういうこと。
とは言っても、願いが叶っていないという思いの中でいきなりそれを感じるのは難しい。
でも、ちょっとでも自分の心がふわっとする瞬間はあると思うんです。
頭で考えるより、自分の心がふわっとする瞬間。
それ気づく。そして、実はその感覚と自分の願望の感覚が実は一緒であると感じられる時に、感謝の気持ちが出てくる。
「ある」ということに気づくわけですね。
だから、自分が今までないと思っていたものが実は存在していた、それに気づく。
「有り難い」ものがあると気づいた、だから感謝する。
そうすると、実は自分の願望というのは叶っている。
ちょっと禅問答にような感じではありますが。
🌱 現在の状況から本当の願望を見つめ直す
だから、怪しい願望実現の世界で言われているのは、今の自分の状況というのは、自分の抱いている願望が全て叶った状態なんですということらしいですね。
逆に言うと、今自分の状況が望みが全て叶っているということであるならば、逆算して、じゃあ自分は一体本当はどういう願望を持っているんだということを掘り下げていく作業に繋がっていくわけですね。
表面的には、例えばお金持ちになりたいと思っていたとしますよね。
でも、本当に自分が望んでいるものって何なんでしょう。
ただお金をたくさん持つということだけではないと思うんです。
何のためのお金を持つのか。
それは、嫌なことをせずに、時間にも人間関係にも拘束されずに、安心して豊かで快適な暮らしを送りたいって、多分奥の欲求としてあると思うんです。
であるならば、その奥の欲求が満たされている状態、例えば在宅でお金は稼げていないけれど、束縛無く自由に過ごせているという状況だったら、実は叶っているんですよね。
奥の欲求が叶っているんです。
でも、そこでお金は稼げていない、仕事がうまくいっていないということで、表面的にそれを見て叶っていないと思うけれど、いや、実は自分の裏の欲求は叶っていますよ、みたいな。
この気づきが、感謝の入り口になるのかもしれません。
自分がすでに持っているものの価値に気づくこと。
それが「有り難い」の本当の意味なのではないでしょうか。
📝 まとめ
息子の野球の試合での顧問の先生の話から、「ありがとう」という言葉の深い意味と、願望実現の本質について考えてみました。
感謝とは、自分だけでは存在させることが難しいものに気づくこと。
そして、本当の願望実現とは、すでに自分の周りにあるものの価値に気づくことなのかもしれません。
今回のポイント
- 当たり前を当たり前にしない姿勢が感謝の出発点
- 「ありがとう」は「有り難い」=「有ることが難しい」という意味
- 願望の根底にある本当の欲求に気づくことが大切
- 心がふわっとする瞬間に注意を向けてみる
- 現在の状況は実は願望が叶った結果かもしれない
- 表面的な願望の奥にある真の欲求を掘り下げる
- すでにあるものの価値に気づくことが願望実現の鍵
- 感謝は「すでにある」ものへの気づきから生まれる
人生挫折ヒストリー
〜金融マンがなぜスピリチュアルに?〜
(ぼくの恥ずかしい黒歴史)

(あすとろサイコロ運営者・きーぼー)
金融マンとして日々仕事に追われ、
気づけば家庭崩壊寸前に。
心身ともに限界を迎え、
アラフォーでまさかの「追い込まれ退職」。
主夫状態で家族と向き合うも
そこで見せつけられた
「人間性ゼロ」の醜悪な本性
多くのミドルエイジ世代同様に
ぼくも痛烈に実感させられた
「心の空虚さ」と「行き詰まり感」
調子こいて出世街道を歩んでいた
「口だけ男」がどのように転落し、
そこからどうやって這い上がってきたのか。
なぜ、元金融マンだったぼくが
全然関係ないプログラミングとか
怪しいスピリチュアルとかやってるのか。
ぼくの恥ずかしい黒歴史を
ここに公開します。



