あすコロラジオ32回目をお届けします。
今日は2025年8月20日、甲子園がめちゃくちゃ盛り上がっていますね。
昨日の横浜高校対県立岐阜商業の試合で岐阜商業がサヨナラ勝ちして、テレビでは本当に感動的でした。
でも、SNSを見てみると審判の誤審疑惑で炎上。
この出来事から、善と悪の関係、そして私たちの日常生活にも通じる大切なことを考えてみたいと思います。
(この記事はポッドキャスト番組「あすコロラジオ」を一部AIを使って文章化したものです。番組の空気・臨場感は是非以下の音声でお聞きください↓↓↓)
🌟 甲子園で見た「巨人vs挑戦者」の構図
昨日の県岐阜商対横浜高校の試合は、本当にドラマチックでした。
延長戦での代打選手の大きな当たりがライト線に飛んで、それがフェアかファールかの微妙な判定。
テレビカメラが追いかけて、ライン上の白い粉が飛んでいるのが映り、「これはフェアじゃないか」とSNSがめちゃくちゃ盛り上がって、「審判、横浜贔屓なんじゃないか?」みたいな感じで炎上していたんです。
ぼくは少年野球の審判をたまにやっているのですが、審判って本当に大変な役割だと思うんです。
ちゃんとやって当たり前、ヘマしたら怒られる、褒められることがない商売の典型だと思います。
高校野球は内野だけでも4人審判でやっていて、審判は内野にしかいない。
問題の打球は外野の奥、ライト線の奥の方で、当然一塁審判が追いかけるのですが、本当にギリギリのところを、遠くの位置からフェアかファールかの微妙な判定って、目視では無理ですよ。
よっぽど目が良くないと判断できない。
ぼくが審判をやった経験があるから、そう思ってしまうのですが、今の時代は残酷ですよね。
スローモーションで拡大映像に流される時代ですから。
高校野球も、審判さんを守るためにリプレイ検証とか入れてあげたらいいと思うんですね。
そうすれば、お互い後腐れもなく終わるんじゃないかと。
💡 名門校が背負わされる「ヒール役」の宿命
横浜高校は松坂選手がいたところで、名門校ですよね。
春も優勝しているし、昨日の試合は、横綱である横浜高校に対して、前頭何枚目かの県立岐阜商業が立ち向かうような構図でした。
県立岐阜商業さんもめちゃくちゃ名門ですが、それでも公立高校なので、全国から選手を集める私学の強豪校と比べると分が悪い。
日本人って判官贔屓が好きですから、アリがゾウに立ち向かう、ゾウを倒すみたいな、そういうストーリーが大好きですよね。
その痛快感で、ぼくも県立岐阜商業さんを応援していました。
一方で、横浜高校さんの生徒さんも、強豪だから勝って当たり前と言われる環境の中、めちゃくちゃしんどい練習をしてここまで来てると思うんですね。
でも、どうしても横浜高校とか大阪桐蔭とか、勝って当たり前、全国から優秀な生徒を集めてやっているから、揶揄されたり、ちょっとヒール役になってしまいますよね。
特に大阪桐蔭は強烈でした。
何年か前に下関国際さんに負けた時、球場全体が、甲子園球場にいた地元なのに、山口県を応援しているような感じで、かわいそうだなって見ていたのを覚えています。
🔍 対立構造を超えた「全体性」の視点
でも、ヒール役、悪役的な存在があるからこそ、昨日の県立岐阜商業さんとか、大阪桐蔭に対する下関国際さんとか、そういうゾウに立ち向かうアリたちがフィーチャーされるわけですよね。
逆にアリしかいなかったら、アリがすごいことにならないわけで、アリに立ち向かうゾウがいてくれるからこそ、ゾウに立ち向かうアリが引き立てられる。
その中で、よく善と悪の戦いって言われたりしますが、悪なるものが存在しないと善も存在しようがないんですよね。
人間もいろんな側面があって、ある側面から見たらめちゃくちゃ悪いように見えるけれど、違うところから見たら、なんかいい面もある。
人間もそうだし、物事もそうだと思うんです。
だから、全体が悪で、善の方が正しくて、悪は絶対間違っているって、敵対・味方みたいな対立構造を持ち込んでしまうと、日常生活では物事が解決しないですよね。
🌱 日常に活かす「共通点を探る」姿勢
日常生活では特にそうですが、考えの違う人と一緒にやっていかなければならない時、すべての考えが一緒になることなんてない。
最近の例で言うとワクチンとか、コロナに対する考え方もそうだし、いろんなことがありますが、そういうのを抜きにして、お互いの共通点を探っていくということが大事かなと思います。
職場でも家庭でも、価値観の違う人と関わっていくのは日常茶飯事です。
そんな時に「あの人は間違っている」「自分が正しい」という対立構造で物事を見てしまうと、関係性がこじれてしまいます。
でも、相手にも相手なりの理由や背景があって、その立場に立ってみると理解できる部分もあるかもしれません。
完全に同じ考えになる必要はないけれど、お互いの共通点や、歩み寄れる部分を見つけていく姿勢が大切なのではないでしょうか。
甲子園の熱戦を見ていて、勝者と敗者、強豪校と挑戦校という構図の中にも、実はお互いを支え合う関係性があることに気づかされました。
対立しているように見えても、実は全体として一つのドラマを作り上げている。
そんな視点で物事を見ることができれば、日々の人間関係も少し楽になるかもしれませんね。
📝 まとめ
甲子園の一試合から、善と悪、対立と調和について考えさせられました。
私たちの日常でも、つい白黒をつけたくなりがちですが、実際にはもっと複雑で豊かな関係性があるのかもしれません。
相手を理解しようとする姿勢と、共通点を探る努力が、より良い人間関係を築く鍵になりそうです。
今回のポイント
- ヒール役がいるからこそヒーローが輝くという相互依存の関係
- 審判の大変さと現代のSNS社会の厳しさ
- 強豪校が背負わされる「勝って当たり前」のプレッシャー
- 善と悪は対立するものではなく、相互に存在を支え合うもの
- 人間には必ず多面性があり、一面だけで判断してはいけない
- 対立構造ではなく全体性の視点で物事を見ることの大切さ
- 日常生活では考えの違う人との共通点を探ることが重要




