自分で考えて、自分で選んで、自分で動いている。
ほとんどの人は、そう信じて生きていると思います。ぼくもそうです。
ところがタフティは、それを「幻想」だと言い切ります。
『タフティ・ザ・プリーステス 世界が変わる現実創造のメソッド』(ヴァジム・ゼランド)のレッスン8。お題は、ずばり「自分で行動しているという幻想」です。
何かを欲する動機も、それを手に入れようと奮闘する行動も、すべて台本に書かれている。
正直に言います。
このシリーズ、自分で「世界一わかりやすい」とかほざいておきながら、ぼく自身がだんだん「わけわかめ」になってきました。
言っていることが腹落ちしないわけではないんです。でも、今までの常識と180度ちがう話なので、感覚がなかなかついてこないんです💧
🔁 おさらい:目を覚まし、三つ編みを起動し、現実を構築する
今回のレッスンには、新しいことはあまり出てきません。
その代わり、ぼくらが当たり前だと思っていることを、「ちゃうぞこの野郎」と、これでもか、これでもかと覆しにくる回なんです。
タフティ自身も冒頭で、「私の愛しい人、何度も何度も繰り返し伝えますよ」と言っています。
さらに、「あなたが大変そうに学んでいる姿を、私は楽しんでいます」とも。
そのうえで、これまでのおさらいをしてくれています。
👀 目を覚まして、三つ編みを起動させる
1つ目は、「目を覚まして三つ編みを起動させ、その感覚を保ちながら現実を構築する」ことです。
もう耳たこの話ですが、目を覚ますとは、自分の意識を「気づきの中心点」に持っていくこと。意識とは、自分そのものですからね。
「自分を見て、現実を見る」という呪文を唱える。
内部スクリーンにも外部スクリーンにも偏らず、その間に立つ。つまり、自分を見ている「もう1人の俺」を出すということです。
そして、意図の三つ編みを背中からピッと起動させます。
意「識」の三つ編みではありませんよ。意「図」の三つ編みです。
🎞 現実を構築するとは「コマの方向性を決める」こと
では、「現実を構築する」とは何だったでしょうか。
この言葉だけだと忘れてしまうので、もう一度おさらいします。
現実を構築するとは、コマがどのような方向性で進むか、どの映画を流すかを決めること。
ぼくらの見ている現実はパラパラ漫画のようなもので、そのコマの方向性と、どの映画を流すのかを決める、という話でしたよね。
今、目の前に見えている現実は、もう流れてきてしまっているコマです。これはどうしようもない。
だから、そこから先の未来のコマをどうするのかを、今しか使えない意図を使って決める。
そういう、わけのわからん話になっているわけです。
🙏 自分にだけは、嘘をつけない
2つ目は、それがうまくいくかどうか、つまり自分の選んだ未来のコマがちゃんと流れてくるかどうかの話です。
「うまくいくかどうかは、起こることをあなたが受け入れるか否定するかにかかっている」。前回お話ししたところですね。
自分をどれだけ無条件に信じることができるのか。
これは、まさにエンパワーメントの根元の根元の根元です。そして、これが一番難しいんです。
🌍 世界観にフィットしたことしか起こらない
3つ目は、「あなたの世界観にフィットしたことのみ起こりうる」。
それが起こると信じられれば起こるし、信じられなければ起こらない。
ある意味、希望の持てる話です。でも、ある意味、厳しい話でもあります。
ぼくらはずっと、このエンパワーメントからそれるように、それるように教育されてきました。
自分の力はちっぽけで、大きな力に頼らないと何もできない。そう刷り込まれてきたんです。
こんな話をしているぼくですら、それがまだ根強く残っています。だから難しいんですね。
タフティはこうも言っています。
「あなたはまだまだ原始的な存在です。あなたが世界や自分について思っていることに合致していない出来事は起こりません」。
映画のコマを動かせるかどうか、もう少しくだいて言えば、望む未来を実現できるかどうかは、「その可能性を心から信じているかどうかにかかっています」と。
これ、ほんまに「言うは易く行うは難し」ですよね。
💴 「年収1000万」で考えてみる
たとえば、今お金に困っているとしましょう。
2026年11月の頭に、「年末までに年収1000万になります」という映画のコマを、意図の三つ編みを使って選んだとします。
ところが、「いや、そんなん俺にできるわけないやんけ」と思った瞬間、その映画は流れてこない。
逆に、「1000万ぐらいやったら、ほんの2か月もあればいけるわい」と心の底から思えたら、その映画のコマがやってくる。
そういうことなんです。
🎭 どんな詐欺師でも
人に対しては、いくらでも自分を作ることができます。
でも、自分に対しては、絶対に嘘をつけません。
どんな詐欺師でも、自分には嘘はつけないんです。
自分を欺くことはできない。
これは、ものすごく希望の持てる話であり、同時に、ものすごく厳しい話なんですね。
🎬 自分で行動しているという幻想
ここからが、今回の本題です。
これまでも別の角度から言われてきた話ですが、今回はそれを、よりダイレクトに突きつけてきます。
タフティは「以前私はこう言いました」として、こう繰り返します。
「あなたは自分が選んでいない映画のストーリーに沿って、台本どおり進んでいる」。
自分で思考や行動を選んでいるつもりでも、「ちゃうちゃう、台本に動かされているんですって」ということなんです。
なぜかというと、あなたの意識、つまりあなた自身が、外部スクリーン(外の出来事)か内部スクリーン(自分の内側)の、どちらかに偏っているから。
今のところぼくは、台本を「特定の反応を呼び起こすための衝動」だと捉えています。
その衝動に、ぼくらは反応してしまっている。そういうことなんです。
📽 映画は人生、台本は運命
タフティによれば、「映画」とは「あなたの人生」で、「台本」とは「運命」だそうです。
自分が「運命」と呼んでいるもの。それが台本なんですね。
そして、ここがすごいんです。
「あなたは過酷な台本に導かれている存在なのです。自分の裁量で行動していると思っていますが、それはもっともらしく見えているだけで、幻想に過ぎないのです。目に見えるものだけでなく、あなたがしていると思っていることも、全てが幻想なんです」。
🎙 タフティの話をしていることすら、台本
たとえば、今のぼくです。
ぼくは一応、「意識的に」行動しているつもりで、こうしてタフティの話をしています。
ところがタフティに言わせると、それすら自分がやっていることではない。
こうやってぼくがマイクの前でタフティの話を「意識的に」喋っているはずのことすら、台本に載っていることなんやと。
ぼくは主体的に話しているつもりでいる。でも、それも台本に書かれた役割で、セリフをそのまま喋っているだけだ、と言っているんです。
マジかよ、と。
じゃあ、自分のやっていることって一体何なんすか、という話になりますよね。
🎮 登場人物は、見られていることに気づかない
タフティはこう問いかけます。
「映画やコンピューターゲームの中の登場人物は、自分たちが映画の中にいて、あなたに見られているのだと気づいていると思いますか? いいえ、気づいていません」。
ぼくらは、そういう存在なんだということです。
🌀 観客席にいても、登場人物の自分は台本どおり
ここからは、はっきりとは書かれていない、ぼくの勝手な解釈です。
気づきの中心点に立つと、自分が見える「もう1人の俺」が出てきます。映画でいえば、観客席にいる状態ですね。
自分も映画の登場人物ですから、観客席にいるということは、自分すら映っている映画を見ている立場になる。
でも、そういう立ち位置にいても、もう1人じゃないほうの俺、つまり映画の登場人物として存在している自分は、台本どおりにセリフを喋って行動している。
そういうことなのかな、と思うんです。
もう、パッパラパーな感じになってきますよね。
そして、タフティは、極めつけにこう言っているんです。
「あなたはあなたに起こっている人生という映画の中の登場人物です。あなたは自分の人生を生きてはいません。人生の出来事があなたに起こっているだけなのです」。
と。
⏳ なぜ「幻想」なのか:行動は、過去のコマの上でしかできない
今回は、ほんまに結論のない話で、こんがらがって終わってしまうんですが、ぼくなりに整理してみます。
自分の行動によって結果が変わるというのは、幻想である。
意図とは、行動を発する源ですよね。
でも、今すでに出ているコマは、もう起こってしまった過去です。それに何かしたところで、何かが変わるわけではない。
だから幻想なんです。
じゃあ、どうしたらいいのか。
意図は、今起こっていることではなく、未来のコマを選ぶことにしか使えなかったですよね。
- 行動は意図によって発動される。でも、行動できるのは現在のコマの上だけ。
- そして現在のコマは、すでに過去。
- だから、何をやっても変わらない。だから幻想だ
ということなんじゃないかと。
ほんまに「わけわかめ」ですよね。
🎥 「自分は何者か」の答えは「立ち位置」
だからこそタフティは、こう言っています。
「自分がどこにいて、自分は何者なのかという問いに取り組まない限り、夢や映画の中の登場人物と同じように、あなたにも客観的理解が欠けています」。
🪑 あすとろサイコロの「何者か」とは、少しちがう
この「自分は何者か」という問いは、この本の中でいろいろ出てきます。
あすとろサイコロでは、「自分が何者か」という話をするとき、「生きる目的や使命」の話をすることが多いです。
でも、タフティのこの箇所では少しちがっていて、「立ち位置」の話なんです。
🎬 登場人物ではなく、映画監督
自分は、自分の人生という映画の登場人物です。
でも、自分とは意識そのものです。その意識が映画の登場人物と同一視してしまったら、外部スクリーンか内部スクリーンにハマっていることになる。
そうではなく、気づきの中心点に意識を持っていく。
それは、映画の観客席に自分の立ち位置を持っていくこと。つまり、映画を見ている「もう1人の俺」の場所にいることです。
それがもしかしたらハイアーセルフなんじゃないか、とぼくは言っているんですが、まだ答えは出てきていません。
その立ち位置に自分を持っていくこと。
それは、映画監督と言ったらいいのかな、と思います。
ほんとうの自分は、映画の登場人物ではなく、映画監督である。
それが「自分は何者か」ということなんじゃないか。
だって、映画監督にならないと、次のコマは選べないから。
それが「客観的理解」ということだと思うんですね。
自分は映画の登場人物でありながら、その映画を作っている映画監督でもある。それを思い出さないといけない
ということじゃないかなと思うのです。
😵 動機も情熱も、台本に書かれている
さらにタフティは、こう畳みかけます。
「あるときあなたは何かを欲するようになり、それを手にしようと奮闘します。そういった動機や行動はあなた自身のものだと思っていますが、実際にそれらは台本に書かれたものなのです」。
いや、すごいですよね。
今ぼくは、タフティのことを話したいと思って話しています。
無意識に眠っているんじゃなくて、「意識的にタフティの話をしてるんや」と思っている。
でも、それすらもちがう。それすらも台本だ、と。
ぼくが話したいと思った動機も、感情も、行動も、すべて台本に書いてあることだ、と。
「何を意識的にやってると勘違いしとるんや」と、タフティは言っているわけなんです。
🧩 なぜ「意識的にやっている」と錯覚するのか
では、なぜ意識的にやっていると錯覚してしまうのか。
タフティの答えは、「今の現実にとらわれてしまっているから」。
意図は、現在のコマでは発動できないからなんですね。
それすらもすでに書かれている台本で、それが運命なら、ぼくらはそれに反応しているだけ。
もう、わけわかりませんよね。
✍️ その台本を書いたのは誰か(今の段階のぼくの解釈)
ここからは、今の段階のぼくの勝手な解釈です。まだ先まで読んでいないので、間違っているかもしれません。
📜 台本は、今より前に書かれている
今やっている行動も、それをもたらす動機も、「何かやりたい」という感情や情熱も、すでに「台本」に書かれている。
だから、自分が今、意識的・能動的に引き起こしたものではない。
今できることは、未来のコマを選ぶことだけ。
逆に言うと、今ぼくに起こっていること、ぼくが今している行動、ぼくにもたらされた衝動は、台本によるもの。ぼくはその役を演じている。
じゃあ、その台本を書いたのは誰なのか。たぶん、そういう話になるんですよね。
その台本が書かれたのは、今ではなく、今より前です。
そして、その台本は自分で作ることができる、ということなんじゃないかと思うんです。
🎯 自分の書いた台本なら、広い意味で「意識的」
今ぼくのやっていることは、台本どおりのこと。
でも、その台本を過去に書いたのが自分だったら、結果的に自分は、自分の書いた台本どおりに行動していることになる。
それは、広い意味では意識的だと言えますよね。
意識的に選んだ未来の台本どおりに、自分が行動しているわけですから。
でも、多くの人は未来のコマを自分で選んでいない。
だから、人の作った台本に踊らされている。そういうことなんじゃないかな、と思うんです。
🕳 「今」と「行動」のズレ
前から申し上げている、この「ズレ」です。
このズレを感覚で腹落ちさせるのは、非常に難しい。
でも、それが現実の姿なんやで、ということを、タフティはくどいように、くどいように、手を替え品を替え、角度を変えて言ってくれているんじゃないかなと思います。
🐢 わけがわからなくても、気にせず読み進めていい
ということで、今回もまた、わけのわからん感じに沼らされてしまいました。
次は、その罠から逃れる方法に進みます。
まだ40あるレッスンのうち、10にも届いていません。
まだまだ深くなっていくと思いますし、今の段階でわけがわからなくても、最後にはわかるようになるんじゃないかなと。
ぼくもわかっていません。ぼくはあんまり頭が良くないので、なおさらです。
なので、今の段階でわけがわからなくても、そこはあんまり気にせずに読み進めていただければと思います。
📝 まとめ
レッスン8でタフティが突きつけてくるのは、「自分で考え、選び、行動している」という感覚そのものが幻想だ、ということです。
動機も行動も台本に書かれていて、ぼくらはその衝動に反応しているだけ。行動できるのは、すでに過去になった現在のコマの上だけだからです。
今の段階のぼくの解釈では、今できるのは未来のコマを選ぶこと、つまり自分の台本を自分で書くことなんじゃないか、と思っています。
- 🔁 おさらい:目を覚まし、意図の三つ編みを起動し、現実(コマの方向性・流す映画)を構築する
- 🙏 うまくいくかは、それが起こると心から信じられるか。人には嘘をつけても、自分にだけは嘘をつけない
- 🎬 自分で思考や行動を選んでいるつもりでも、それは台本どおり。映画は人生、台本は運命
- 😵 何かを欲する動機も、奮闘する行動も、台本に書かれている
- ⏳ 行動できるのは現在のコマの上だけ。現在のコマはすでに過去なので、何をしても変わらない。だから「幻想」
- 🎥 「自分は何者か」の答えは「立ち位置」。登場人物ではなく、観客席にいる映画監督(ぼくの解釈)
- ✍️ 台本は今より前に書かれる。未来のコマを自分で選べば、自分の書いた台本を生きることになる(ぼくの解釈)
- 🐢 今わけがわからなくても大丈夫。答えは、この先のレッスンで
(次回に続く)
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