あすコロラジオ25回目をお届けします。
8月に入って初回の配信となりました。
先週の後半は全く稼働できなかったのですが、とある団体の合宿とその後の会計処理に追われていました。
今日は、その会計作業を通して気づいた「感謝」というメンタリティの力について、そして健康ブームの中で見落としがちな心の健康について、お話ししたいと思います。
(この記事はポッドキャスト番組「あすコロラジオ」を一部AIを使って文章化したものです。番組の空気・臨場感は是非以下の音声でお聞きください↓↓↓)
🌟 「当たり前」への感謝の大切さ
前々回にお話しした銀行の話にも関わるのですが、団体の合宿から帰ってきて、参加者の皆さんから預かった積立金の精算作業をしていました。
合宿の費用を使って、余った分を参加者に返金するという作業です。
何十世帯もあるので、現金を用意してひとつひとつ返金していくわけですが、これがなかなか大変なんです。
昔はATMで硬貨を下ろしてもお金はかからなかったのですが、今はATMで硬貨を1枚下ろすだけでも手数料を取られる。
本当に世知辛い世の中になりました。
そういう事情もあって、現金を用意するのもなかなか大変。
会計処理も1円単位で合わせながら進めるので、結構神経を使うんですね。
こういう作業って、うまくいくのが当たり前だと思われがちです。
ちゃんとやったからといって特別感謝されるわけでもなく、ミスしなくて当たり前。
逆にミスをしたら「どうなっているんですか、1円違うだけでも」という感じになってしまう。
なので、まあ、ちょっと辛い商売ではあるんですが。
でも、こういう当たり前のことを当たり前と思わずに感謝してくださる方もいらっしゃいます。
時々「会計、本当に大変ですね。ありがとうございます」と声をかけていただくことがあるんです。
別にその声をかけてほしくてやっているわけではないのですが、そういうふうに言ってくださる方は、当たり前のことをちゃんと褒める感性を持っているんだなと思って、めちゃくちゃいいなと感じるんです。
💡 健康ブームの陰に潜む心の不健康という矛盾
最近は健康ブームで、グルテンフリーとか、野菜も自然のもので無農薬でないと、みたいな話がよくありますよね。
人間の体は食べたものでできているから、当然安全な食べ物、質のいいものを求めるのは良いことだと思います。
ただ、それが過剰になってくると、どうなんだろうと思うこともあります。
例えば、農薬を使っていないものの方がいいとか、安全な食べ物の方がいいとか。
そこまではいいのですが、行き過ぎて「もう有機野菜じゃないと絶対ダメ」とか「どこの食べ物は絶対ダメ」とかになると、ちょっとどうなんだろうという感じがします。
食べ物って、農家でもない限り、自分で栽培しない限り、お米も肉も野菜も作れないわけです。
お金を払って、自分たちが作れないものを買わせてもらって、食べさせてもらっているということですよね。
もちろん、お金を払っているからいいだろうという考え方もあると思います。
ただ、そういうメンタリティで健康を求めると、心の健康的にはどうなんだろう、みたいな矛盾があるんじゃないかなと思うんですね。
何でも原理主義的に行き過ぎて、自分の考えと違うものを排除してダメ出しする。
そういうジャッジメントの領域に入ってしまうと、体の健康を求めているはずが、心の健康を損なってしまうという感じになるのかもしれません。
🔍 パム・グラウトさんの本から学んだ「感謝の力」
先日、パム・グラウトさんという方が書いた、『思考は現実化する』的な、ナポレオン・ヒル的なタイトルの本を読んだのですが、それがすごい面白かったんです。
どう面白かったのかと言うと、
人間の体は食べたものでできているから、より良いものを、工場で大量生産されたものより一個一個手間暇かけて作られたものを食べた方が体にいいに決まっている。
でも、すべての万物はエネルギーからできているという観点に立てば、ジャンクフードだろうが手間暇かけた食べ物だろうが、源は一緒だと。
添加物の入っているものとか、ジャンクフードとか、体に悪いと言われている食べ物でも、感謝を持って食べる、感謝していただくという姿勢の方がいいんじゃないかと。
具体的な表現は忘れてしまったのですが、「うわ、めちゃくちゃいいな」と思ったんですね。
自分の考えと違うものを排除してジャッジするのではなくて、ジャンクフードだったとしても、自分で作れるわけじゃない。
それをお金を払っていただける。これは「ありがたい」という感覚。
「ありがたい」って、「あり得ない」ことですよね。
自分が作っていなくても手に入るって、あり得ないことです。
それをお金を払うことによって手に入るのだったら、感謝を持って食べようじゃないか。
そうすると、源は同じエネルギーだから、ジャンクフードを取るにしても、「ジャンクフード、体に悪いな」と思って食べるのと、マックのハンバーガーでも、「美味しくてありがたい」といただくのとでは、心の健康に全然違いが出てくるんじゃないかと思うんですね。
その感謝の念によって、添加物がもしかしたら何か変わるかもしれませんし、意識の力によって何かが起こるかもしれませんよね。
🌱 境界線よりも感謝の気持ちを大切にする生き方
良いものを求めるために自分の中で境界線を引いてジャッジしていくのは大事だと思います。
ただ、一方で、自分に与えられたものに対して感謝の気持ちを持つメンタリティは、めちゃくちゃ心を豊かにしてくれると思うんですね。
これは食べ物に限った話ではありません。
日常の中で、当たり前だと思っていることの多くは、実は当たり前ではない。
電気が通っていること、水道が使えること、家族が健康でいること、仕事があること。
これらすべてが、実は「ありがたい」ことなんですよね。
同じ1万円でも、「1万円しかない」と思うのか「1万円もある、ありがたい」と思うのか。
このメンタリティの違いが、私たちの日常を大きく変えてくれるのではないでしょうか。
健康を求めることは素晴らしいことです。
でも、それが排他的になって心の健康を損なってしまっては本末転倒。
むしろ、今あるものに感謝する気持ちを大切にすることで、心も体も本当の意味で健康になれるのかもしれません。
会計処理という地味な作業を通して、こんなことに気づかされました。
感謝って、本当に最強のメンタリティなのかもしれませんね。
📝 まとめ
会計処理という日常的な作業から、感謝することの大切さについて考えさせられました。
健康ブームの中で、体に良いものを求めることは大切ですが、それが過度になって心の健康を損なってしまっては意味がありません。
パム・グラウトさんの本で紹介されていたように、与えられたものに感謝する気持ちこそが、心と体の両方を健康にしてくれる最強のメンタリティなのかもしれません。
今回のポイント
- 当たり前のことを当たり前と思わない感謝の感性の大切さ
- 健康ブームが行き過ぎると心の健康を損なう可能性がある
- 自分で作れないものを食べられることの「ありがたさ」
- ジャッジメントよりも感謝の気持ちを優先する生き方
- すべてはエネルギーであり、感謝の念が与える影響の大きさ
- 同じものでも感謝して受け取ることで心の豊かさが変わる
- 「1万円しかない」か「1万円もある」かのメンタリティの違い
- 感謝は心と体の健康をもたらす最強のメンタリティ
人生挫折ヒストリー
〜金融マンがなぜスピリチュアルに?〜
(ぼくの恥ずかしい黒歴史)

(あすとろサイコロ運営者・きーぼー)
金融マンとして日々仕事に追われ、
気づけば家庭崩壊寸前に。
心身ともに限界を迎え、
アラフォーでまさかの「追い込まれ退職」。
主夫状態で家族と向き合うも
そこで見せつけられた
「人間性ゼロ」の醜悪な本性
多くのミドルエイジ世代同様に
ぼくも痛烈に実感させられた
「心の空虚さ」と「行き詰まり感」
調子こいて出世街道を歩んでいた
「口だけ男」がどのように転落し、
そこからどうやって這い上がってきたのか。
なぜ、元金融マンだったぼくが
全然関係ないプログラミングとか
怪しいスピリチュアルとかやってるのか。
ぼくの恥ずかしい黒歴史を
ここに公開します。







