今日は2025年11月5日の水曜日。
午後10時頃に満月を迎える夜です。
今はさそり座の季節ですから、反対星座の牡牛座で満月を迎えるということになります。
しかもスーパームーン。
地球と月が一番近い近地点で満月になるという特別な日なんですね。
月の軌道はまん丸じゃなくて少し楕円になっていますから、近いところと遠いところがあるんです。
そんな満月の夜だからこそ、今日は「月」という存在について、ちょっと考えてみたいと思います。
満月の夜に考える「月の欠損理論」
月という存在が果たして人にとって良いものなのか悪いものなのか
占星術の世界では、新月で願い事をして満月でそれが実るから感謝をするということがよく言われています。
いつからそういうふうに言われるようになったのかよくわかりませんが、多くの人がそう信じているのは確かです。
でも、この月という存在が果たして人にとって良いものなのか悪いものなのか。
実はこれ、ちょっと論争があるようなんです。
いや、論争というか、いろんな意見があるということですね。
これまでは月というのは無意識の象徴と言われていました。
太陽が外面であるならば月は内面。
太陽はお父さんで月はお母さん、母性を示すもの。
そういうものをひっくるめて、自分が安心できる領域、心の部分を表すというふうに、どちらかというと好意的な存在として捉えられていることが多かったんですね。
💡 占星術界に衝撃を与えた「月の欠損理論」
ところが、これに一石を投じた方がいらっしゃいます。
占星術師なら知らない人はいないという、マドモアゼル・愛さんという方です。
この方実は男性なんですね。おじいちゃんなんですけれども。
男性なのに女性の名前のマドモアゼル・愛さん。
男だらけなのに女性の名前というミセス・グリーン・アップルみたいな感じですよね(笑)。
どこかで名前の由来をおっしゃっていましたけれども、この男性性のオラオラ系に対するアンチテーゼみたいなことをおっしゃっていたような気がします。
このマドモアゼル・愛さんという方、本当にすごいんですよ。
占星術師なんですけれども、YouTubeをやっておられまして、星の話だけじゃなくて政治経済とか、結構いろいろなところに切り込んでいかれる方なんです。
ワクチン反対、トランプ大好きということを明言されていてですね。
当たっていることも当たっていないこともあるんですけれども、斬新な視点を提供してくるという意味で、ぼくは非常に好きなんです。
YouTubeの動画もすごいですよ。
もう何の装飾もない。カメラを置いてその前で30分喋っているだけ。
本当にそれだけなんです。
テロップも何もないのに、チャンネル登録者数が十何万人かいらっしゃるんですね。
だから本当に話が面白いってことだと思うんですけれども。
そんな域に達することが本当にすごいなと思います。
まさにラジオみたいなもので、それが本当の人の一芸かなと思って、非常に感動して結構拝見させていただいているんです。
🔍 月は「欠損」であるという衝撃の理論
そのマドモアゼル・愛さんが、この月に関してのこれまでの見方に対するアンチテーゼを投げかけておられます。
何かというと、これまでは月というものは良いものだと捉えられていたんだけれども、「違う、悪者だ」と。
じゃあどういうふうに悪いのか。
月というのは、月が示すものというのは自分に欠けている欠損であるという。
この「月の欠損理論」というのを、ちょうどコロナの頃に提唱されたんですね。
これが占星術界でちょっと話題になって、ああだこうだいろんな論争が繰り広げられているという感じになっています。
マドモアゼル・愛さんはおっしゃるには、「批判がいっぱいで」みたいな感じでおっしゃっておられましたけれど、意外に結構これを支持している人もいたりするんです。
実はぼくも、この月の欠損理論というものに非常に大きな影響を受けたうちの一人なんですね。
なので個人の体験から申し上げますと、この月の欠損理論って当たっていると思っているんですよ。
月星座とは何か
この月の欠損理論とは何なのか。
今申し上げたように、月星座、自分の生まれた天体図で太陽がどこにいるのか、月がどこにいるのか。
その太陽の通り道を黄道としますと、それによってどこにいるのかという住所を示すという考え方があるんです。
生まれた時に、例えば「ぼくは牡牛座です」とか言うと、これは太陽星座という、太陽がどこにいるのかという話になるわけですけれども、月の場合はそれが、月がどこにいるのかということで示すということなんです。
ぼく自身の体験:月星座・山羊座の苦しみ
ぼくは実は月星座が山羊座なんですよ。
山羊座というのは地上の最強の王様と言われていまして、コツコツ努力をして社会的地位を築いていくし、そういうものを求めていくような星座なんですね。
ぼくもずっとそういうふうに育ってきたんです。
ですので親からは、いい学校に入っていい会社に入って出世するということを求められてきて、自分もそれが自分の目標だというふうに思っていました。
月というのは無意識というふうに申し上げましたけれども、このマドモアゼル・愛さんがおっしゃるには、7歳までの自分でしかないということなので、それをいくら追い求めてもそれを獲得することはできないということなんですね。
ですのでぼくなんかで言うと、月星座が山羊座ですから、どんなに頑張って努力しても出世できないという感じになるんです。
実際そうだったんですね。
もうちょっとあすとろサイコロ的に意訳をしますと、出世とかして社会的地位を獲得したとしても、本当の幸せは得られない、満足しないということなんですね。
ぼくなんか本当にワーカホリック気質があるんですよ。
それは無意識ですから、放っておいたらそういうふうになっちゃうんですね。
会社でもめちゃくちゃバリバリ仕事をしていたんですけれども、それで出世とかしても全然満たされないんです。
まだ足りない、まだ足りない、まだ俺は努力が足りないのかという感じで、本当に苦しくなっちゃったんです。
出世コースからの転落が教えてくれたこと
これ、プロフィールをご覧いただいたことがある方はお分かりかもしれませんけれども、一旦ダーンと弾けてしまったわけですよ。
家庭の問題とかもあり、出世のコースから一生懸命梯子を登ったのが一気に降り落とされて、地に落とされてしまったという経験をしたんですね。
だから、月の欠損理論って当たっているんじゃないかなと思うんです。
月というものは決して良いものではない、悪者であるとということをマドモアゼル・愛さんはおっしゃっていまして、これは「なるほどな」というふうに思ったんですね。
ただ、「良いもの・悪いもの」で簡単に片付けられるものでもないよなというのが、そこから意訳した「あすとろサイコロ流」の解釈なんです。
シュタイナーの「月=堕天使ルシファー」説
🌟 月の欠損理論だけでは語れない、もうひとつの視点
前章では、月というのは自分が心地よく安心できる場所だという従来の肯定的な捉え方に一石を投じた、マドモアゼル・愛さんの月の欠損理論の話をさせていただきました。
ぼくもその影響を非常に受けておりまして、この月の欠損理論というのは合っているなと思っているんですね。
でも、じゃあ月というものを単純に悪者と決めつけてしまっていいのかというところの話を、今日はさせていただきたいと思っています。
この月が悪者であるという話。
マドモアゼルさんは「悪」という単語を直接はおっしゃっておられなかったと思うんですけれども、まあ悪者であるということですよね。
実はこの考え方、マドモアゼルさんが初めてではなくて、実はシュタイナーもその話をしているんです。
💡 シュタイナーが語った「月=ルシファー」という衝撃の霊視
シュタイナーをご存知の方もいらっしゃるかもしれません。
今から100年ぐらい前のドイツの教育学者です。
シュタイナー教育という言葉を聞いたことがある方であれば、そのシュタイナーですね。
子供の個性をしっかり生かして伸ばしていく教育方法を編み出した人物です。
でもこのシュタイナーさんというのは、教育学者である傍ら、実は霊媒師でもありまして。
目に見えない世界とのコンタクトが取れるということで、オカルト関係、神秘学関係の本を実はいっぱい出版しておられるんです。
ぼくも結構好きで読むんですけれども、まあ何しろ頭が良すぎてシュタイナーさんが。
ちょっと頭の弱いぼくには何のこっちゃさっぱりということは結構あるんですけれども。
その中でね、「神秘学概論」というちょっと意味不明な本があるんですが、その中で月に関してシュタイナーさんが面白いことを言っているんですよ。
これはあくまでシュタイナーさんの霊視の中で出てきた話ですから、本当かどうかというのは証明しようがないとご本人もおっしゃっておられるんですけれども。
宇宙の成り立ちのことを霊視しておられまして、元々根源的な地球からいろんな惑星が意識として分離していったという話をおっしゃっておられるんですね。
で、実は月も地球から分離していった意識体の一つであると言っていて。
じゃあそれは何なのかというと、宇宙の進化についていけなかった人たちの意識体が地球から分離して月になったという霊視をされているんですよ。
その意識体のことを、シュタイナーさんは「ルシフェル」とおっしゃっておられます。
「ルシファー」ですね。
ルシファーって悪魔ですよ。堕天使とも言いますよね。
堕天使だから堕落してしまった天使のこと。
これが怪しい陰謀論界隈が大好きな人からすれば、毎度おなじみちり紙交換的な話かもしれませんけれども、悪魔信仰の対象になっているんですね。
これはどこまで言っていいか分かりませんけれども、児童人身売買とか、生贄とか、赤ちゃんの生き血を飲むとか、ああいうところにつながる悪魔信仰の対象になっている。
その悪魔の象徴がルシファーなんです。
そして、それが月であるということを言っているんですね。
なるほど、こういうところまでたどると、まあ確かに月というのは悪者だなと感じる部分はなきにしもあらずなんですが。
🔍 「誘惑」という選択肢を与える存在の意味
でも、シュタイナーさんはルシファーという悪の存在を、単純な悪者というふうに考えているわけじゃないんですね。
堕天使ルシファーは何をしてくるのかと言いますと、人間に対して誘惑をしてくるんですよ。誘惑。
だから本当は、例えば太陽星座というのが自分の生きる目的・使命とかを象徴するとあすとろサイコロ的には考えているんですけれども、そういう自分の生きる目的・使命に向かって正しい道を歩んでいこうとする人に対してですね、誘惑をしてくるわけです。
セックス・ドラッグ・ロックンロールに代表されるような誘惑をしてくる。
誘惑してこっちへおいでよと、悪の道においでよという誘惑をしてくると。
じゃあ何なのそれ?悪の道に誘惑してくるのに、必ずしも悪じゃないってどういうことなの?と。
そこで人は選択を迫られるわけですよね。
自分は生きる目的・使命に向かって——「正しい」という言葉はぼくはあまり好きじゃないのであれですけれども——自分が本当はこういうことをしたいというものに向かって進んでいくのか、それとも快楽の方に溺れていくのかという選択が与えられるわけです。
そこで、意識的に自分が生きる目的の方を選ぶということこそが、魂の成長である。
だから、選択肢を人に対して与えるという存在として、悪の存在は非常に重要であるとシュタイナーさんはおっしゃっているんですよ。
ああ、これはなるほどなと思いました。
🌱 無意識と意識的選択——月が教えてくれる魂の成長
ですから、マドモアゼルさんの文脈も大体同じような感じで捉えることができるのかなと思うんですね。
月というのは無意識の象徴ですから、無意識というのは自分が何も考えずにそっちに流されるということですよね。
ですから悪というものが存在しなければ善しかなかったわけですけれども、そうすると無意識に善に行くというのは人間の魂の成長にならない。
じゃなくて、違う道もあるという中から善を選ぶ。
悪の道もある中から善を意識的に選ぶということこそが魂の成長である。
という観点からすると、無意識の領域に流されるかもしれないという選択肢がある状態というのは、これは人間の意識の成長にとって非常に大切なことであると。
という観点で捉えると、月も決して悪者ではないと。
月だけじゃなくて悪というもの自体が決して悪者ではないというふうに捉えることができるわけですね。
これを上手に統合していって、意識的に善であるものを選択していくことこそが人間の魂の成長である。
そして、それが我々の生きる目的・使命であるし、人生というのはロールプレイングゲームだと。
何もなしで人生の目標を達成できたら面白くないでしょう。
そういう悪も出てきて、そこから自分が誘惑で負けそうになるところを意識的に選択して、意識的に勝ち取っていくからこそ人生は素晴らしいと、魂が成長できると。
というふうなことで、悪というものの存在があるというふうに捉えられると。
上手いこと神様は世の中を作っているなと思いますね。
善悪を超えた「あすコロ式・月との向き合い方」
🌟 月の欠損理論から始まった問い直し
もともと月というのは「いいもの」として捉えられていました。
心の安全弁というか、安心できる領域として考えられていたんですね。
ところが、マドモアゼル・愛さんが一石を投じまして、「月の欠損理論」というものを提唱されました。
これは、月というものはいくら追い求めても獲得できるものではないという理論ですね。
つまり、月はほんまは悪者なんじゃないか、という議論を巻き起こされたわけです。
ぼくはこの考え方に「そうやな」と思っている一人なんですが。
実は、この話はマドモアゼルさんが発端ではありません。
その100年前にルドルフ・シュタイナーが、『神秘学概論』というちょっとオカルティックで意味不明な本の中で言っていたことなんです 📚
シュタイナーによると、もともと月というのは地球から派生した、進化に乗り遅れた意識体の集合体であると。
それが堕天使ルシファーの象徴、つまり悪魔信仰の象徴になっているというんですね。
で、悪魔の役割というのは「誘惑をすること」。
人間が善の道に行くのを阻めるために、要は自分たちと同じように進化を遅らせるための誘惑をしてくる存在である、と。
なんだか怖い話のようですが、ここからが重要なんです。
💡 善を意識的に選択するための「悪」の存在意義
じゃあ、ほんまに月は悪者なのかと言われると、いや、シュタイナーさんはそうじゃないと言っているんですね。
そうじゃなくて、善なるものと悪なるものがあるという中で、善を意識的に選択する。
そういう選択肢があること、意識的に選択するという選択肢を与えるという存在として、悪というのは非常に有効であると。
こういうふうにおっしゃっておられるんですね。
これは、ぼくは全くその通りやなと思っています。
これが今のあすとろサイコロでの太陽星座・月星座理論なんです。
占星術では、星というのは特定の意識の集合体というふうに捉えています。
あすとろサイコロ的には、太陽星座が自分の生きる目的・使命を表していて、だから本当の自分なんですね。
一方、月星座というのは無意識の領域。これはこれまでの占星術と一緒なんですが。
無意識の領域ですから、それが何を意味しているのかというと、自分の親とか、親というのはずっと遡りますが、家系とかですね、社会からすり込まれている古い価値観であるということなんですね。
だから、これをいくら追い求めても幸せになれない。
ここがマドモアゼルさんの月の欠損理論と合致している考え方になるわけなんです。
🔍 人生はRPG——無意識から意識的な選択へ
ですので、無意識のまま過ごしていきますと、古い価値観とか社会の常識に引っ張られて、ほんまの自分の生きる目的・使命を生きることができない。
だから、そこを意識的に自分の生きる目的・使命を果たすために、何をしなくちゃいけないのか。
日々の行動を意識的に選択していくということが、今世生まれてきた意味であり、魂の成長であるということなのかなと思うんですね。
そういう意味で、無意識に象徴される月の存在っていうのは、人間が生きていく上で重要なものであると ✨
だって、簡単に生きる目的・使命を達成しても面白くないでしょう。
オリンピックで金メダルを、何も練習せんと明日取れたって、何も面白くない。
やっぱりいろんな苦労・練習を重ねるっていうことがあるからこそ尊いし、獲得した時に嬉しい気持ちになるはずなんです。
だから、人生ってRPGやとぼくは捉えています 🎮
いきなりゲームが始まった瞬間にラスボスを倒せたって、何も面白くない。
じゃなくて、始めは低いレベルから、だんだんとヒットポイントを貯めていって、スライムすらも倒せない。
でも、そこから力を貯めていって、だんだんといろんな苦労も重ねながら、最終的にラスボスのゾーマを倒すからこそ面白いわけですよね。
じゃあ、なんでそうなっているのと言われると、それはもう神様がそうしてるからとしか言いようがないわけですが。
ですから、月というのは無意識から意識的なものを選択するための誘惑的な存在として意味があるということなんですね。
🌕 満月の本当の意味——願望成就ではなく意識的に生きるための儀式
じゃあ、翻って今回の満月の話ですよ。
満月っていうのは月が完全に見えてしまっている状態ですので、非常に人間の無意識に働きかける力っていうのが大きくなるんじゃないかなというふうに、この文脈では捉えることができると思うんですね。
ですので、よく「満月になったら願望が成就する」「新月に植えた種が満月で成就する」とかっていうふうに言われますけれども、そこは違うんじゃないかなと思っています。
どちらかというと、怪物くんの狼男が満月の夜に表に出たらほんまに狼男に変身してしまうみたいな、ああいう感じの作用の方が大きいんじゃないかなというふうに思っているんです 🐺
ですから、より日々の行動を意識的にしていくっていうことが、満月の時に求められるメンタリティーかなというふうに、あすとろサイコロ的には考えているんですね。
🌱 満月の感謝は「意識的に生きる」ための実践
じゃあ、なぜ感謝なのか。
あすとろサイコロ的にも満月は感謝をするのがいいんじゃないかなと思っています。
ただ、よく一般的に言われているのは、願望が成就するから、それに対する感謝。
でも、あすとろサイコロでは、同じ感謝でも捉え方がちょっと違うんです。
感謝をするっていうのは、自分の意識を無意識から離して意識的に持っていくための儀式だなとぼくは思っているんですね。
何も考えなければ、無意識にテレビのニュース見たりとか新聞見たりとかすると、もう不満とか不安に持ってかれるんですよね。
人間の脳ってなんかやっぱそうなってるんでしょう。
じゃなくて、今自分が感謝できることって何やろう、自分が満たされていることって何やろうっていうことを、感謝をするという観点に立てば、それを意識的に探していくということになる 🔍
ですから、よく言われますように、「今日生きてるだけで丸儲け」とか「息が吸えるだけで感謝」とか、そこの領域にいきなり行くのは難しいかもしれないんですけれども、そういうところも感謝だと思うんですよ。
朝起きて天気が晴れてました、太陽の光を浴びました、すごいいい気分になりました、とか。
いろんな不安はありながらもご飯が食べれていると。
ウクライナとかガザみたいに戦争してるわけでもなくて、平和に生きることができているとか。
そういう何か自分が恩恵を受けていることを意識的に探していくことによって、特に満月は無意識に働きかける力が強いですから、そこからの影響を受けずに済むというための感謝なんですね。
本当は自分というのは色々と満たされながら守られながら生きてるんだよと。
人生RPGと言って、いろんな苦労とかあるかもしれないけども、それでも自分というのは守られてるんだよということに対して意識を向けることができるのかどうかというのが、満月の本当の意味なのかなと思っています 🌕✨
悪があるからこそ人間には「自由」がある?
最後に番外編として、大切な話をお伝えしたいと思います。
善だけの世界では、実は人間に本当の自由はない。
そんな意外な視点から、人間の尊厳について考えてみたいのです。
🌟 フェイスブック広告の詐欺問題から感じた時代の変化
最近フェイスブックを開いたら、本田健さんが仕手株まがいの投資クラブを宣伝しているような広告が目に飛び込んできました。
あの『ユダヤ人大富豪の教え』で有名な本田健さんが、こんな詐欺まがいのことをして大丈夫なの?と思ったんです。
実は、本田健さんには過去に2回びっくりさせられてるんですね。
1回目は、まだ全然顔出しされてない頃に書かれた『ユダヤ人大富豪の教え』を読んだとき。
純粋にすごいなぁと思ったんですね。
そして2回目は、お顔を拝見した時。
こんなふくよかな方だったっけ?みたいな感じで、ちょっとびっくりしたんですね。
決して本田健さんが嫌いなわけじゃないですよ、面白いなとは思うんですが。
それで調べてみたら、どうやらご本人のウェブサイトのところで、これは詐欺ですとちゃんと言っておられるみたいなんです。
そらそうやろなと思ったんですけれども、あれを見たら騙されますよね。
このフェイスブック広告、めちゃくちゃ出るんですよ。
本人が偽物だと言ってるのに出して大丈夫なの?と思っていたら、ニュース記事で、フェイスブックが詐欺広告でめちゃくちゃ儲けているみたいな話が出てきたんですね。
多分コロナの時だったら検閲が激しかったですから、そういう話も出てこなかったと思うんですが。
でも、今年はあすコロ大好きなリリスがいろんな闇を暴いてくれてますから、そういう流れの中で、「フェイスブックが裏でこんなことやってたんですか!?」みたいな話も出てきているのかなと。
これも時代の流れかなぁという気がしています。
💡 月はルシファー、そして悪の存在が人間にもたらしたもの
この記事では、マドモアゼル・愛さんの月の欠損理論、それからシュタイナーの月=ルシファー説を引用させていただきながら、あすとろサイコロ的な考え方をご紹介させていただきました。
その中で、シュタイナーさんが書かれた『神秘学概論』という意味不明な本の中で、月はルシファーであるということをご紹介したんですね。
悪魔であるルシファーが人を簡単に善の道に行かせないために誘惑をしてくる。
その誘惑がある中で、人間は意識的に善を選ぶということが魂の成長になる。
そういう意味で、悪というものは必ずしも悪者ではないという話をさせていただきました。
その流れの中で、もう一つ大事な話があるんです。
🔍 強いリーダーを求めることの危険性と自由の喪失
以前、高市早苗さんが総理大臣になって、世の中がずいぶん盛り上がっているということに対して、ちょっとそれまずいんじゃないの?という、警鐘というわけじゃないけれども、ぼくなりのひねくれた考え方をご紹介させていただきました。
強いリーダーを求めてしまうと、最終的にヒトラーを選んだドイツみたいな感じになっちゃって、人から選択肢が奪われていくという話ですね。
そしてそれと同じようなことが、このシュタイナーさんの書かれた『神秘学概論』という意味不明な本の中で書かれているんで、ちょっとご紹介したいと思うんですね。
言葉が意味不明なんですけれども、かいつまんでお話しさせていただきますと、月が地球から分離していったと。
月というのは前々回お話しさせていただきましたように、進化に乗り遅れた意識体である。
そいつがルシファーとして誘惑してきているということなんですけれども。
それで、こう書かれているんですよ。
「太陽から分離することによって独立し、人間が太陽存在から直接得た知識よりも、もっと自由な意識を獲得することができた」
ここに「自由」という言葉が出てくるんですね。
もう一つ面白いのがこれ。
「この月の存在たち、つまり地球期の月から働きかけて、人間の意識を宇宙の鏡に変え、それによって人間に自由な意志を付与しなかった霊的存在たちと対立するものは、ルシフェル的な霊たちと呼ぶことができる。ルシフェル的な霊たちは、人間の意識の中に自由な活動を呼び起こしたが、それと同時に誤謬と悪の可能性をも人間に与えたのである」
これが非常にポイントなんです。
月が出てくるまでは、何も考えずに善に行っていた。
でもそこには人間の意志というものを、高次の存在は認めてこなかったという文脈なんですね。
それが、人間を悪の道に誘惑するルシファーの存在が出てくることによって、人間に自由な意志をもたらしたわけですね、結果的に。
自由って何ですかというと、「選択できる」ということだから。
🌱 選択できることこそが人間の尊厳
これこそが人間の尊厳の一番のところだとぼくは思うんですね。
選択できるというのは、正解でも不正解でも選択できる。
不正解という選択がある中で正解を選ぶということ。
その自由な意志を持てるということこそが人間の尊厳であると思うんですね。
やっぱりそれを人間というのは追い求めていくようになっているし、追い求めていかないといけないと思うんですよ。
選択肢がなくなってしまった状態になると、最初は心地よかったとしてもですよ、今2030年にこのダボス会議で言われているような「グレートリセット」というやつ、「物を持たないけれども幸せ」みたいな、ああいう世界に行っちゃうと。
最初は心地いいかもしれないけど、真綿で首を締めつけられるかのように自由が奪われていくということが起こってくるわけですよね。
それで本当にいいのかと。
だからドイツなんかでも、最初ヒトラーはすごく心地いいことを言ってましたけど、最終的にはあんな感じになるとか、そういうふうな懸念があるわけです。
ただ、その自由を得るためには、人間というのは強い意志を持たなければならない。
自由を選ぶという意志もそうだし、選択したことに対する責任ですね。
そういうものを背負っていかなければならないというのが、自由の裏返しになる。
でも、自由を求めていく、自由を獲得する、自由を享受するためのメンタリティを醸成していく。
それが「魂の成長」と怪しい世界では言いますけれども、それこそが人間が生きていく価値なのかなと思うんですね。
これこそが、善と悪の融合というか、ワンネスの世界というか、そういうことかなと思っています。
📝 まとめ
悪の存在は、一見すると人間を苦しめるものに思えますが、実は人間に「自由な意志」をもたらした存在でもあります。
善だけの世界では、人間には選択肢がなく、本当の意味での自由はありません。
正解と不正解の両方がある中で、意識的に善を選ぶこと。
その選択の自由こそが人間の尊厳であり、魂の成長につながると思うんですね。
最後までご覧頂きまして、どうもありがとうございました。
- 月(ルシファー)の存在が人間に自由な意志をもたらした
- 自由とは「選択できる」ということ
- 不正解という選択肢がある中で正解を選ぶことに意味がある
- 選択肢がなくなった状態は、一見心地よくても自由の喪失につながる
- 強いリーダーへの依存は、最終的に自由を奪われる危険性がある
- 自由を得るには強い意志と責任が必要
- 自由を享受するメンタリティを醸成することが魂の成長
- 善と悪の両方があることで、人間は本当の意味で自由になれる

