「波動を上げましょう」
スピリチュアルの世界では、よく聞く言葉ですよね。
反対に、
「波動が下がっているから、ネガティブなものを手放しましょう」
みたいな話も、よく見かけます。
ぼく自身も、占星術や心理学、潜在意識などを扱っているので、「波動が高い」「波動が低い」という言葉を使うことがよくあります。
でも、波動って「高ければ高いほどいい」んでしょうか?
今回は、そんな少しひねくれた(笑)疑問について、ぼくなりに考えてみたいと思います。
そもそも「波動が上がる・下がる」ってどういうこと?
そもそも、波動が上がるっていうのはどういうことなのか。
あすとろサイコロ的には、波動が高い・低いというのを、形容詞を使ってこんなふうに解釈しています。
- 波動が高い=「明るく、温かく、軽い」
- 波動が低い=「冷たく、暗く、重い」
たとえば、温かい空気は上に上がっていきますよね。
反対に、冷たい空気は下に降りていく。
だから、
- 「波動が高い」=上に向かう、明るく温かい状態
- 「波動が低い」=下に向かう、暗く冷たい状態
というイメージで考えると、なんとなく分かりやすいかなと思うんですね。
波動が「上がる」と、何が変わるのか?
では、波動が上がるというのは、具体的にはどういうことなんでしょうか。
「上がる」ということを、物理的に高い位置に行くというイメージで捉えてみてほしいんです。
高いところに上がると、当然ながら見える景色が変わりますよね。
地上から見ている景色と、飛行機や山の上から見る景色では、見える範囲がまったく違う。
つまり、高い場所に行くことで、
物事を俯瞰して見ることができる。
これが「波動が上がる」ということの、一つの特徴なんじゃないかなと思うんですね。
たとえば、砂漠にいるとしましょう。
周囲には何もありません。
喉はカラカラ。
「このままでは死んでしまうかもしれない……」
そんな状況だったとします。
地上にいる限り、見えるのは砂ばかり。
だから、絶望するしかない。
ところが、少し高いところに上がってみたら、
「あれ? 300メートル先にオアシスがあるやん」
と気づくかもしれません。
そうなれば、
「なんだ。あと300メートル歩けばいいのか」
と、状況に対する見方が変わります。
現実そのものが変わったわけではありません。
でも、見えている景色が変わったことで、現実の意味が変わった。
つまり、高い位置に行って、物事が俯瞰的に見えることによって、視野が広がるということが、波動が上がるということの1つの大きな特徴かなと思うんですね。
視野が広いことはいつでも正しいのか
たしかに、「視野が拡げる」というのは、いい意味で用いられることが多いですよね。
高い位置に行って視野が広がると、当然いろんな視点が持てる。
絶望的な状況の中では見えない、低い位置では見えない一筋の光明とか、幸せの種が見つかる。
これは、とても大切なことです。
でも、視野が広がることって、本当にいつでもメリットしかないのか?
ここが、今日の話のポイントなんです。
視野が広がるということは、言い換えれば、いろんなものが見えてしまうということでもあります。
あれもあれば、これもある。
こっちの可能性もあれば、あっちの意見もある。
SNSを開けば、世の中で起こっていることが次から次へと飛び込んでくる。
ニュースを見れば、国内のことだけではありませんよね。
海外のことも、政治のことも、経済のことも、人間関係のことも、誰かの炎上も、誰かの成功も、いくらでも入ってくる。
視野を広げようと思えば、いくらでも広げられる時代ですよね。
でも、その結果、いろんなものが見えすぎて、注意力が散漫になっちゃうこともある。
つまり、
広く見えることが、いつでもプラスになるとは限らない
ということなんですね。
「狭い」=悪いとは限らない
一方で、「視野が狭い」と言われると、どうしても悪いイメージがあります。
「視野が狭い人」
と言われたら、
- 頑固
- 意固地
- 柔軟性がない
- 他人の意見を聞かない
みたいな印象がありますよね。
でも、ちょっと別の角度から見てみたいんです。
「狭い」ということは、「深い」ということでもありますよね。
つまり、
一つのことを狭く、深く掘り下げる。
これは、ものすごい力なんです。
たとえば、何か一つのことに集中している人っていますよね。
周りから見ると、
「そんなことばっかりやっていて大丈夫?」
と思うくらい、一つのことに没頭している。
でも、その人は、その一つのことについて誰よりも深く知っていたりする。
逆に、あれもこれもと手を広げていると、どれも中途半端になってしまうことがありますよね。
つまり、
- 広い=浅い
- 狭い=深い
という側面もある。
だから、
「波動が低いという状態」=「視野が狭いという状態」が必ずしも悪いわけではない
ということが言えるかと思うんですね。
量子力学が教えてくれる「フォーカス」の大切さ
これは少し怪しい世界の話になりますが、スピリチュアルの世界では、
「自分がフォーカスしたものが現実になる」
というような話があります。
量子力学の「観測者効果」と結びつけて説明されることもありますが、「フォーカスする」というのは、何か一つに意識を向けることですよね。
「一点集中」「一意専心」なんかはまさにそれです。
自分の望むものだけフォーカスして、それ以外のことは捨象するということができれば、自分の目の前には自分の望む物事しか浮かんでこない。
人間の脳にある「網様体不活性系(RAS)」というフィルター機能の存在が、その裏付けとなっているようです。
じゃあ、自分の望むことにフォーカスするためには何が必要なのかというと、狭くしていくということが必要ということなんですね。
半径2mの幸せに集中するという生き方
今、世の中がぐっちゃんぐっちゃんしていまして、政治から何から変なことになっていますよね。
- 政治がどう。
- 経済がどう。
- 海外ではこんなことが起きている。
- SNSでは誰かが炎上している。
- あの人は成功している。
- この人はこんな暮らしをしている。
情報を集めようと思えば、いくらでも集められます。
「もっと広い視野を持たなければ」
と思って、いろんなものを見る。
もちろん、それが必要な場面もあります。
でも、自分の人生にとって必要のない情報まで、全部取り込む必要があるんでしょうか。
むしろ、そんなことは無視して、一旦自分の世界を狭くしてみる。
そして、
自分の半径2メートルくらいの幸せだけを考えてみる。
- 家族との時間。
- 好きなものを食べること。
- 自分がやりたいこと。
- 大切な人との会話。
- 今日一日を穏やかに過ごすこと。
そういうものに集中する。それだって、立派な生き方だと思うんです。
世界全体を背負わなくても、自分の人生は生きられますから。
「波動を上げなきゃ」から、自由になろう
もし今、
「もっと波動を上げなきゃ」
と思っている人がいたら、少しだけ肩の力を抜いてみてもいいかもしれません。
- 無理やり明るくならなくてもいい。
- 無理やりポジティブにならなくてもいい。
- 「低い波動は悪いものだ」と決めつけなくてもいい。
大切なのは、今の自分がどんな状態なのかに気づくこと。
そして、その状態の中で、
「自分は、どうしたいんだろう?」
と、自分自身に問いかけてみることです。
高いところから広い景色を見るのもいい。
低いところで、一つのことをじっくり見つめるのもいい。
どちらも経験すればいいんです。
高い・低いもひっくるめて、全てを経験をするということが、人生の醍醐味であるというふうに、神様は作っているんじゃないかなというふうに思ったりするんですね。
何か参考になれば幸いです。
📝 まとめ
波動は「上げればいい」「下げるのは悪い」という単純な話ではなく、それぞれに意味と役割があります。
高い波動は視野を広げて俯瞰的に物事を見せてくれますが、情報が多すぎて注意力が散漫になることも。
低い波動は視野が狭くなる分、1つのことを深く掘り下げ、望むものにフォーカスする力を与えてくれます。
大切なのは、高低どちらが良い悪いではなく、両方をひっくるめて経験することそのものなのかもしれません。
- 🌡️ 波動が高い=「明るく、温かく、軽い」、波動が低い=「冷たく、暗く、重い」というイメージ
- 🏜️ 波動が上がる=視野が広がり、地上では見えないオアシス(希望)が見えるようになる
- 🔍 波動が下がる=視野が狭くなるが、それは「深く掘り下げる力」でもある
- ⚛️ 量子力学の観測者効果的に、望むものにフォーカスするには「狭くする」ことが必要
- 🌪️ 視野を広げすぎると、余計な情報まで入ってきて注意力が散漫になることも
- 🌱 自分の半径2mの幸せに集中して生きるという選択も、決して悪いことではない
- ✨ 波動の高低に優劣はなく、両方を経験すること自体が人生の醍醐味






