今日は2025年8月6日、広島の日ですね。
戦争があって80年という節目の年に、ふと考えさせられることがありました。
本当はもっと普通の楽しい話題をしようと思っていたのですが、朝にパソコンで見つけたニュースが心に刺さって、急遽この話をすることにしたんです。
(この記事はポッドキャスト番組「あすコロラジオ」を一部AIを使って文章化したものです。番組の空気・臨場感は是非以下の音声でお聞きください↓↓↓)
🌟 広島の日に見つけたトレンドから感じた心の痛み
今日の朝、ブログを書いてツイッターにシェアリンクを投稿した後、パソコンの横の画面で今日のトレンドが目に入りました。
「出場停止」というワードがトレンドになっていて、開いてみると広島の広陵高校の野球部の暴力事件の話が出ていたんです。
このラジオを撮っているのが8月6日のお昼前で、配信されるのが晩ですから、その頃には事態がどうなっているかわからないのですが、ものすごい暴力事件があって、監督も含めて隠蔽しているのに甲子園に出るってどういうことなのか、というような内容。
被害者の親御さんがSNSに投稿されて、それが今拡散してとんでもないことになっていると。
それを目にして、いたたまれない気持ちになったんですね。
本当はこのチャンネルでこういう話をする場所ではないのですが、ぼくも拙いながら野球をやっていた人間として、こういうことが事実なら(学校側も事実として認めているようですから、おそらく本当のことなのでしょうが)、こういうことをやっているから野球のイメージがどんどん悪くなる。
子供が減っている以上に野球をする人が減ってしまって、本当に残念な思いがするんですね。
💡 野球界に残る「オラオラ文化」と根深い問題
実際、ぼくは今、少年野球にちょっと関わったりしているのですが、やっぱり野球には昔ながらの体質が残ってしまっているんですよね。
他のスポーツを同じ深さで見ていないから単純に断じることはできませんが、なんと言うのでしょうか、オラオラ的な感じがやっぱり残っているなと思います。
道具も高いのに。
もっとも、最近はプロ野球のイメージも女性のファンを取り込む意図もあるのでしょうが、だいぶ綺麗になってきた気がします。
でも、ちょっと前は本当にチンピラみたいな感じで、ぼくはすごく嫌だったのですね。
だから、そんなものがまだ残っているのかという感じなんです。
そして、この問題で思うのは、もちろん暴力を引き起こしている原因として指導者側や学校側の問題もあるのでしょうが、それを容認している、預けている側の問題ももしかしたらあるのではないかということなんですね。
🔍 親が陥りがちな「子どもを通した自己実現」の罠
こんなことを言うとめちゃくちゃ怒られるかもしれませんが、例えば名門校に入って、甲子園に行って、プロ野球選手になってもらうのが、子どもを通して自分の自己実現につながっているケースって結構ある気がするんです。
プロ野球選手の親であるとか、東大や京大に行っている息子の親であるとか。
子どもを通して自分のステータスを確立していく心理。
そういうのが、こういう暴力などを助長させている一つの要因なのではないかと思うんですね。
もし、別に甲子園なんかいいです、プロ野球選手になってほしいなんて思っていません、競争して東大京大に行ってほしいなんて思っていませんとなったら、たぶんそんな学校に入れないと思うんですよ。
もしそんなことがあったら、一目散に「ほら、もう違うところに行こうぜ」となると思うんですね。
でも、そこに行かないと甲子園に行けないから、プロ野球選手になれないから。
だからちょっとやそっとで、「私はあなたに対してすごいお金と労力をかけてきたんだから」って、言葉に出さなくても、仮にいじめられても、ちょっと辛いことがあっても、「あなた我慢して行きなさいよ」って預ける側の意図、思いがあるんじゃないか。
であれば、これは結構根が深いかなって思うんです。
そういうのがある限り、たぶん今後もこういうのはなかなかなくならないと思うんですよ。
どんなに指導者側が悪いと思っても、事実としてあるなら学校の体制もそうですし、預ける側の親御さんが子どもを通して自己実現を図ろうとしているのだったら、そこを変えていかないと根本の部分は変わらないと思うんですね。
🌱 何歳になっても自分の人生を生きるという選択
ぼくは、たぶん同じような世代だと思うのですが、子どもを通して自己実現を図るのではなくて、自分は自分で自己実現を図る、自分の人生をちゃんと生きる大人になっていく必要があるのではないかと。
自分のことに限界を感じるから子どもを通してということになるかもしれませんが、いやいや、全然そんなことないですよ。
ぼくのおじいちゃんなんかは、還暦過ぎて引退してから保育園を作ったりしていましたし、年齢なんか関係ないんですよね。
だから、何歳になっても自分の人生をしっかり生きるというメンタリティを持つ。
今回の暴力事件のニュースを見て、めちゃくちゃ考えさせられたんです。
これは野球に限った話ではないですよね。
お受験、習い事、部活動、進学、就職活動。
子どもの人生のあらゆる場面で、親が自分の願望や理想を投影してしまう可能性がある。
「あの子はうちの子より成績がいい」「○○ちゃんは有名大学に行った」
そんな比較の中で、いつの間にか子どもの幸せよりも、親としての自分の満足感や承認欲求を優先してしまっていることはないでしょうか。
子どもにとって本当に大切なのは、甲子園出場やブランド大学合格といった外的な成果よりも、一人の人間として尊重され、安心して成長できる環境のはずですよね。
そして何より、親が自分自身の人生を充実させて生きている姿を見せることなのかもしれません。
40代、50代になったからといって、自分の夢や目標を諦める必要はありません。
むしろ、子育てという大きな責任を通して学んだことを活かして、新たなチャレンジをしていく時期なのではないでしょうか。
子どもは親の背中を見て育ちます。
親が自分らしく生き生きと人生を歩んでいる姿こそが、子どもにとって最高の教育になるのだと思います。
📝 まとめ
広島の日に偶然目にしたニュースから、思いがけず深く考えさせられることになりました。
子どもを通した自己実現という問題は、スポーツの世界だけでなく、私たち親世代が向き合うべき普遍的な課題なのかもしれません。
子どもの幸せを願うからこそ、まずは自分自身の人生を大切に生きていく。そんな当たり前のことを、改めて心に刻んだ一日でした。
今回のポイント
- 高校野球の暴力問題は指導者だけでなく、親の意識も関係している可能性
- 子どもを通して自己実現を図ろうとする親の心理が問題を助長することがある
- 名門校やプロへの道への憧れが、暴力や理不尽な指導を容認させてしまう
- 親のステータス確立のために子どもが犠牲になっているケースが存在する
- 自分のことに限界を感じても、年齢に関係なく新たな挑戦は可能
- 何歳になっても自分の人生をしっかり生きるメンタリティが大切
- 子どもにとって最高の教育は、親が自分らしく生きている姿を見せること




