あすコロラジオ、記念すべき10回目をお届けします。
今日は2025年7月5日、世間では日本で大災害が起きるんじゃないかと言われていた日ですね。
たまたま車でテレビをつけていたら、そこで7月5日は大災害の日みたいな感じで言っていました。
でも台風などもそうですが、最近マスコミが煽り立てることって大体起きないですよね。
結果的に何もなかったのはとても良いことなのですが、今日は少し違った視点で物事を見ることの大切さについてお話ししたいと思います。
(この記事はポッドキャスト番組「あすコロラジオ」を一部AIを使って文章化したものです。番組の空気・臨場感は是非以下の音声でお聞きください↓↓↓)
🌟 懐かしの『どっちやねん論争』から始まった思考の旅
今日は土曜日ですね。
「次の恋を予感させるから大嫌いな土曜日」、ユーミンのテーマソングに代表される、『俺たちひょうきん族』の日でした。
あすコロ世代の私たちにとって、この時間、土曜日の8時というのは、誰でも知っているドリフの『8時だよ全員集合』でしたよね。
『8時だよ全員集合』か『俺たちひょうきん族』か、どっちを見るかという派閥、論争じゃないけれど、そういうのが子供の頃ありました。
ぼくは実は『俺たちひょうきん族』の方が好きだったんですが、親がどうもひょうきん族のぶっ飛びすぎる感があまり好きじゃなかったみたいで、昔はテレビが1台しかなかったから、仕方なく『8時だよ全員集合』の方を見ていました。
ドリフはめちゃくちゃ面白くて、最初の30分のコントはめちゃくちゃ面白かったんですが、その後にアイドルが歌うとか、そっちの残り30分がどうもぼくは好きになれなくて、最初の30分だけで、後ろの30分をなんか無駄にしているなあと思いながら見ていましたね。
ひょうきん族の方は最初から最後までぶっ飛んでいる感じだったので、子供ながらにはひょうきん族の方がいいと思いましたが、今見たらドリフはやっぱりすごいなあと思いますね。
あと、どっちやねん論争で、もう一つ思い出に残っているのが、ローラースケートかスケボーか、どっちをやるか。
その象徴だったのが光GENJIとSMAPですよね。
光GENJIがローラースケートで、SMAPがスケボー。
SMAPって最終的にはめちゃくちゃ国民的アイドルになりましたが、当時は光GENJIがめちゃくちゃすごくて、ローラースケートでさーっとやっていました。
SMAPは後ろの余興でやっているスケボーの人みたいな感じ。
SMAPって何だよ、名前もダサいしみたいな。
ぼくが言ってるんじゃないですよ。当時の社会の空気がそうだったという話です。
ぼくはローラースケートだったんですよ。
別に光GENJIが好きだからローラースケートをやったわけではないんですが、ものの見事に外しまして(笑)。
光GENJIが消えてしまったけれど、SMAPもまあ消えましたが、あそこまですごいアイドルになった。
なかなか面白いなあと思います。
💡 地域ライバル意識に隠された意外な真実
こういうどっちやねん論争、めちゃくちゃ好きですよね。
これは、本当にピンポイントでしか刺さらない話なんですが、ぼくは大阪の高槻にいまして、高槻市民、高槻のライバルとして隣に茨木市があるんですよ。
ぼくはもともと茨木の人間で、めちゃくちゃライバル視していたんです。
関西の方なら分かると思いますが、枚方vs寝屋川みたいなものがあったりするんですが、茨木市民から見たら高槻ってめちゃくちゃライバル。
でも、めちゃくちゃライバル視しているのは茨木市民の方だけで、東京対大阪の戦いで、東京は別に何とも思っていないけれど、大阪がやたら東京をライバル視しているみたいな感じですね。
都市としては高槻の方が大きくて、都会だし人口も多いみたいな感じだったんですが。
ぼくが子供の頃は「高槻方式」と言って、住んでいる場所で高校が決められるんですよ。
中学校の義務教育みたいな感じではなくて、どんなに頭が良くても他の学校に行くことがほぼ許されていませんでした。
例外として行ける場合もあって、その時は教室の前でみんなの前で理由を説明しないといけないとか、めちゃくちゃ左翼的な色がプンプンしていました。
それを理由に高槻から茨木に引っ越すみたいな流れもあって。
高槻方式によって、本当はもっと良い高校に行けたのにという思いをされた方も結構いたみたいですね。
🔍 批判された制度が生み出していた意外な副産物
それで、大人になって東京に行ったんですが、戻ってきて、当時の雰囲気があって、茨木市民としては高槻に住むわけにはいかないという妙な意地を張っていました。
でも、紆余曲折あって高槻に住むようになったら、住めば都ですね。めちゃくちゃ住んでみて良いなあと思いました。
もう一つ驚きなのは、高槻は地元の高校になるべく行かせる方針だったから、地元密着率がめちゃくちゃ高いんですよね。
茨木と比べて、高槻市民同士で結婚しているカップルとかめちゃくちゃいて、高槻で生まれ育って、高槻で仕事をするみたいな感じで、人が循環しているから、昼間人口がめちゃくちゃ高くて。
なんかそういう教育システムとしては苦いものがあったんだけれど、結果的に地域のコミュニティの活性化に、そういうのが寄与していたんかもしれないなあと思ったりするんです。
なんか物事って多面体だなあと思いますね。
勉強を一生懸命やっていた人からすると、苦いことがあったかもしれないけれど、それが引いては地元の活性化につながっていた。
それを意図したかどうか分かりませんが、そういうのもあるんかなって思います。
🌱 多面的な視点で人生を見直してみる
この高槻方式の話を通して、改めて感じたのは、物事には必ず複数の側面があるということです。
当時は批判されることの多かった制度でしたが、長い目で見ると地域コミュニティの結束を強める効果があったのかもしれません。
私たちの人生でも同じことが言えるのではないでしょうか。
ミドルエイジの今だからこそ振り返ってみると、若い頃に「これは失敗だった」「もっと違う選択をしていれば」と思っていたことが、実は今の自分を形作る大切な経験だったりします。
転職がうまくいかなかった時期、子育てで思うようにいかなかった時期、人間関係でつまずいた時期。
その時は辛くて仕方がなかったけれど、それがあったからこそ今の自分があるという経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。
その時代時代で「正解」と思われていたものが、時間が経つと全く違った評価に変わることがあります。
だからこそ、今の状況に一喜一憂しすぎずに、長い目で物事を見る視点が大切なのかもしれません。
マスコミが煽り立てる不安な情報に惑わされずに、自分なりの視点を持つことの大切さも感じます。
7月5日に大災害が起きると言われていましたが、結果的に何事もなく過ぎました。
情報に振り回されずに、冷静に物事を見る目を養うことも、これからの時代には必要なスキルなのかもしれませんね。
📝 まとめ
懐かしいテレビ番組の話から始まって、地域の教育制度について考えました。
物事には必ず複数の側面があり、その時は批判されていたことでも、長い目で見ると思わぬ効果をもたらしていることがあります。
ミドルエイジの私たちだからこそ、過去を多面的に振り返り、現在をより豊かに生きるヒントを見つけていきたいものです。
今回のポイント
- 懐かしの「どっちやねん論争」から始まった物事の多面性への気づき
- 光GENJIとSMAPの例に見る時代による価値観の変化
- 高槻方式という批判された教育制度の意外な副産物
- 地元密着率の高さが生み出す地域コミュニティの活性化
- 茨木vs高槻の地域ライバル意識に見る一方的な関係性
- 失敗や困難な経験も長い目で見ると意味がある可能性
- マスコミの煽り情報に惑わされない冷静な視点の大切さ
- ミドルエイジだからこそ持てる多面的な人生観




