2025年11月26日、今日も大阪は高槻にあります、あすコロスタジオという名のただの部屋からお送りしています。
昨日、作業に集中しようと思って、何かいい音楽を流せないかなとYouTubeを見ていたら、「TOKYO 1987 夜を駆けるシティーポップ名曲集」というものを発見しました。
流してみたら、うわー、これぼくが求めてた懐かしいシティーポップだと、思わず心を奪われてしまったんです。
(この記事はポッドキャスト番組「あすコロラジオ」を一部AIを使って記事化したものです。番組の空気・臨場感は是非音声でお聞きください)
🌟 懐かしくて爽やかなシティーポップとの出会い
シティーポップって何なのかと言われたら、定義は難しいのですが、ぼくの中では「ポップスだけれども、やかましすぎない、ちょっと爽やかなポップス」という感じでしょうか。
「TOKYO 1987」と書いてありますから、まだぼくはちょっと毛が生えてないぐらいのガキンチョだった頃ですね。
そんな昭和の香りを感じさせるような、爽やかないい曲が流れてきたんです。
え?これ一体誰の曲なんだろう?と思って、コメント欄などを見てみました。
普通のプレイリストだと、動画を細切れ細切れにしてタイムラインに「何分から誰々の何という曲」という風に書いてくれているんですけれども、今回見つけた「Nostalgia City」さんのやつはそれが全然なくて、もう誰の曲とか全然わからない。
だからコメント欄を見ても、「これ一体誰の曲なんですか?教えてください」みたいな感じのコメントがいっぱい出ていたんですね。
最近の日本ブームもあるんでしょう、外国人の方もいっぱいコメントを入れていて、うわ、すごいなと思って見ていました。
これね、実はなんと、誰の曲かと思ったら AIが作ったらしい んですよ。
えーって感じでしょ?
最近AIでも、ぼくが知らなかっただけなんですけど、音楽が作れるらしいんですよね。
何だったかな、「SUNO」とかっていう音楽を作れるAIがあるらしくて、それで作ったんじゃなかろうか説が出ていました。
確かに言われてみたらそうかなという感じなんですけれども。
でも、ぼくはこの曲集にグッと心の琴線を触れさせられたんです。
💡 論理しかないAIが、なぜ人の心を動かせるのか
よくAIの作ったものは人のやつに比べてどうこうみたいな話がありますよね。
これはぼくが以前申し上げたことがあるかもしれませんが、AIの大きな弱点の一つに、結局すべて計算で論理でやっていますから、いかに複雑なことをやろうとしても、人間の感情を持つことはできない ということがあります。
感情を持っているかのように見せることはできるけれども、実際の感情を持つことはできない。
どこまでいっても論理だからです。
でも、そういう論理しかないAIが、人間の琴線に触れる音楽を作れる。
音楽だけじゃなくて文章でもそうだと思うんですよね。
論理しかないはずのAIが人間の心の琴線に触れるものを作ることができるっていうのは、これはある意味やっぱりすごいなと思うんですよね。
🔍 人とAIのコラボレーションが生み出すもの
でも、AIっていうのは、あくまで プロンプトという命令に対して答えを弾き出すためのもの ですよね。
だから、人間の琴線に触れるアウトプットを生み出すためには、人間の琴線に触れるものを作るためのプロンプトが必要ですよね。
で、そのプロンプトを入れるのは、AIに命令するのは誰かというと、人間なんですよね。
感情を持っている人間が論理だけのAIにプロンプトを入れる。
AIというどこまでいっても論理だけれども精巧なものを作れるツールに対して、人間が生きた感情の息吹をプーッと注ぎ込む。
それによって、AIが人間の琴線に触れるアウトプットを生み出す。
人と機械のコラボレーション というかですね、「あ、そういう世界ってあるんだな」というのに、ちょっと妙な感動を受けてしまいました。
「そんなAIの作った音楽に感動してどうするんだ?」という風に言われるかもしれません。
ぼくが変なのは確かに認めますよ。
でもぼくと同じぐらい変な人っていうのが、今回ぼくが発見した「TOKYO 1987 夜を駆けるシティーポップ名曲集」にいいねを押している人が3500人以上いるわけですよ。
だからぼくと同じ変な人が3500人いるってことですよね😊
しかも視聴回数だけ見ると25万回ですよ。
🌱 AI時代に本当に必要なのは「アナログ力」
だから何というんですかね、AIも使いようというか、なんでもそうですよね。
AIだけじゃなくて、モノは使いようであって、ちゃんと適切に使えば素晴らしいアウトプットができるし、使い方を間違えれば無茶苦茶なものができる。
よく例えられるのが原子力とかそうですよね。
原子力を生み出したのはアインシュタインと言われていますけれども、今となっては原子力発電が本当に良かったのかというのはありますが、電気を作ることに使えば役に立ついいことになるし、それで爆弾を作ることもできるわけですね。
原爆を作っちゃうこともできるわけで。
で、その使い方を決めるのは誰かというと人間ですよね。
だからその辺はAIも一緒かなという気がするんですね。
となると、AIを使いこなすために本当に必要なスキルって何かというと、実はアナログ力 なんですよね。
人間のアナログ力。
だから、いかにいいプロンプトを考えることができるのかという、そこ次第で、AIという複雑な計算をして精巧なアウトプットを出してくれるものも、ちゃんと使いこなせるのか、使いこなせないのかが変わってくる。
だから、AIというデジタルの極の極の極ですよね。
で、そのデジタルの極の極の極のツールを使いこなすために必要なものは、実はデジタル力じゃなくて アナログ力 であるという、これもなかなか面白いなというふうに思うんですよね。
AIはよく人間の敵とかっていう風に言われたりしますよね。
そういう部分ももちろんあるんでしょうけど、でもそのAIを使って有益なアウトプットを出すために必要なのは、実はアナログ力であるというのは非常に面白いなというふうに思うんですね。
ですから、ぼくも大好き陰謀論界隈でよく言われるのは、AIを作った人たちっていうのは、AIによって人間が考えられなくなって、人間を支配するという目的があるとか言われたりしますよね。
けど、そんなAIだってプロンプト次第で教育できるという観点があると思うんですよね。
ですから、そこで人間の温かいアナログ力を吹き込んでいけば、当初思っていたAIと違ういいものに進化していく可能性があるんじゃないか。
そんな妄想を膨らませてしまいました。
📝 まとめ
AIが作った1987年のシティーポップに心を奪われた体験から、AI時代における人間の役割について考えさせられました。
論理しかないAIが人の心を動かすものを作れるのは、そこに人間が感情の息吹を吹き込んでいるからなんですね。
今回のポイント
- AIが作った音楽でも、人間の琴線に触れるものは作れる時代になった
- AIはあくまで論理で動き、本当の感情を持つことはできない
- 人間の琴線に触れるアウトプットには、人間が入れる質の高いプロンプトが必要
- AIと人間のコラボレーションで、新しい価値が生まれる可能性がある
- どんな技術も使い方次第で、良いものにも悪いものにもなる
- AI時代に本当に必要なスキルは、実は「アナログ力」である
- いかに良いプロンプトを考えられるかが、AIを使いこなす鍵
- デジタルの極を使いこなすには、デジタル力ではなくアナログ力が必要
- 人間の温かいアナログ力を吹き込めば、AIは良い方向に進化できる可能性がある




