「アラフォーからの人生アップデートを応援する『星』と『心』のメディア – あすとろサイコロ」にお越し頂きまして、どうもありがとうございます。
ぼくは、15年間勤めた大手金融機関をアラフォーで退職。「主夫」を経験した後に、「金融」とはほとんど関係なさそうな「プログラミング」の分野で起業。
そして、それから10年近くが経ち、アラフィフに差し掛かった今、今度は「金融」とも「プログラミング」ともほとんど関係なさそうな「スピリチュアル」の分野に足を踏み入れたという、ちょっというか、だいぶ変な経歴を持っています。
一見すると、何の計画性も無い、行き当たりばったりの人生のように見えますよね。「いい年して何をフラフラしてるんだ」と。
たしかにその通りなんですが(笑)、振り返ってみると、この何の当てもないように見えるフラフラしたぼくの人生が、実はこの「あすとろサイコロ」につながる一本の線だったことに気が付いたんです。
そこで、やや長文になってしまいますが、この「あすとろサイコロ」に至るまでのぼくの道程を、プロフィール代わりにご紹介させて頂きたいと思います。
はっきり申し上げて、格好良くも華々しくもなく、むしろ恥部をさらけだすようで恥ずかしいですが、ぼくと同じアラフォー世代以上の方に何か受け取ってもらえるものがあればうれしいです。
(ちなみに、ぼくは太陽星座・牡牛座、月星座・山羊座です。そのような星の影響を受けた一人の人間の人生凸凹アップデート体験談としてお読み頂けると、少しは面白いかもしれません)
- 【20代前半】会社の文化に窮屈さを感じるものの「口だけ男」で飛び出せず
- 【20代後半】「レール」から外れる勇気が持てずに人間性が蝕まれる
- 【30代前半】「高級地鶏」なクセに英語全く出来ずに米国に行って「地獄」を味わう
- 【30代中盤】「手痛い洗礼」と「アナ雪ラストシーン」の体験で価値観が大転換させられる
- 【30代後半】昔のエルサじゃなくなった自分を襲った帰国後のストレスが家庭崩壊の危機を招いてついに「脱線」
- 【40代前半①】「主夫」生活によって浮かび上がった自分の醜い人間性に直面させられる
- 【40代前半②】「転落」から「脱線」の流れの中で「見えない存在」が働くメカニズムに興味を持ち始める
- 【40代中盤①】どうせ「レール」に戻れないから「やりたいことやるか」とプログラミングを始める
- 【40代中盤②】孔子大先生の教えにのっとって「いい年こいて」アラフォーで起業してしまう
- 【40代後半①】プログラミングで食べていけるようになったものの「何かが足りない」
- 【40代後半②】これまでの道程が一本の線につながり、アラフィフで「あすとろサイコロ」始動
- 【むすび】一人でも多くの方の人生アップデートに貢献し、太陽星座の使命である「地上の楽園」創出を果たしたい
- プロフィール
【20代前半】会社の文化に窮屈さを感じるものの「口だけ男」で飛び出せず
ぼくが社会人になったのは2000年の4月。誰もが名前を知っているであろう、大手金融機関に入社しました。
入社当初は、大学生の頃に描いていた社会人像と実際の仕事とのギャップに悩みながらも、それなりに充実した社会人生活を送っていました。
ですから、その頃は独立起業を意識したことなんてありませんでした。むしろ会社の中で、理想的なポジションを獲得することを意識して生活を送っていました。
ところが、入社4年目。
そんなぼくに「独立」を意識させるある出来事が起こりました。
何と、それが
「『半沢直樹』でおなじみの金融庁検査」
だったんです(ちょっと古いか:笑)。
これで会社の空気が一変。
当時の金融庁検査というのは、今のような「対話型」じゃなくて完全な「取り調べ」。あまりに厳しい「詰め」に、ふだんあれだけ威張っている会社の幹部連中が「虎がいなくなった狐」のごとく震え上がるという、
まさに「シン・ゴジラ」に襲われるくらいの激震が走る事態
だったんです。
そんな「シン・ゴジラ」の襲撃に見舞われた会社でしたが、そのおかげで管理体制が見違えるほど充実していきました。つまり、今流行りの「コンプライアンス」が、超パワーアップしたってやつですね。
ところが、「コンプライアンス」というやつがパワーアップしてしまうと、とんでもない副作用が出てくる。
それは、
「コンプライアンス遵守」という名目で、リスクを取ることを極端に回避するようになってしまう
ということなんです。
残念ながら、ぼくの働いていた会社もご多分の漏れず。
「事務ミス撲滅」を合言葉に、細かいチリのようなミスも1つ残らずキャッチする「ドメスト」もビックリの超「除菌」態勢が敷かれたんです。
その「除菌」効果のおかげで、事務の品質は確かに上がりましたよ。でも、「シン・ゴジラ」襲撃前はそれなりに新しいことにチャレンジ出来ていたのが、「コンプライアンス」という名のもとにほぼ何も出来なくなってしまったんです。
それどころか、お互いがお互いのミスを「事務ミスゼロ」の合言葉の下に糾弾し合う。「除菌」しすぎて仲間の菌まで殺してしまうという、まさに「美しすぎるカニバリズム」の光景がもたらされるようになってしまった。
民主国家にいるはずなのに、独裁国家にいるような異国情緒あふれる楽しい日々がやってきたわけなんです。
これって、きれい好きの人にはいいですよ。チリ一つない部屋って最高ですから。そういう人には「除菌(管理)」が行き届いた環境の方がいいでしょう。
でも、ぼくは別にきれい好きじゃないんです。そこまで「除菌」してくれなくていいんです。それより、少々ケガしてもいいから外で遊びたいんです。
事あるごとに「除菌」されたら、お外にも行けませんよって話ですよね。
だから、だんだんと窮屈を感じるようになってしまったんです。
ここにあと何十年も身をおくことが自分にふさわしいのか、疑問を感じるようになってしまったんですね。
このまま会社に依存した人生では、ぼくはダメになってしまう。若くて血気盛んだったぼくは、生意気にもそう強く感じてしまったわけなんです。
だったら、
「さっさと会社を辞めて独立すればええやんけ!?」
って話ですよね。
でも、当時のぼくにはそんな勇気はなかった。
まさに
「好色『口だけ』男」
だったんですね。
【20代後半】「レール」から外れる勇気が持てずに人間性が蝕まれる
ぼくは、自分で書くとイヤらしいのですが、いわゆる
「いい大学を出て、いい会社に入る」という「レール」に乗っかってきた人間
でした。
ぼくは月星座が山羊座です。
月星座は、占星術の教科書では「内側に秘めた本当の自分や本能的欲求」を表すと言われています。
月星座山羊座の「本能的欲求」は「社会に認められる成果を出すこと」。
そして、そのことを親からもしっかり叩き込まれてきたので、信じて疑うことがありませんでした。
だから、「レール」に乗っかるという選択は、顕在的にも本能的にもぼくの欲求に沿っていたといえるでしょう。
しかし、事は教科書通りに単純なものではありませんでした。
この「『レール』に乗っかる」というのは、はたから見れば「うらやましい」と思われるかもしれません。
しかも、それは「本能的欲求」に沿っているのだから、内面的にも満たされるはずですよね。
でも、ぼくの場合は、そのウラに
いつまでも「偏差値」にしがみついて、人と比較しないと自分の自尊心が保てない
という、弱い内面が隠れていた。
満たされるどころか、そのことで内面的に苦しんでいたんです。
そして、そんな弱い人間だから、「『レール』を外れる」という選択肢を取ることが出来なかったんですね。
本当の意味で自分に自信が持てないものだから、なかなか外に飛び出すことができない。
なので、仕方がないから中にいながら出来ることをやろうかと思い、それまでは投資の勉強しかしてこなかったのですが、その頃からお金や人生設計の勉強を始めるようになったんです。
でも、当時の自分はまだ若かったせいもあって、その頃立てた目標は何と、
「お金持ちになって豪遊してオーストラリアに永住する」
という、これはこれで決して悪いわけじゃないのですが、メンタリティとしては
自分が豊かになって「勝ち組」になることしか考えてなかった(これは「社会の勝ち組」という意識の面では山羊座的ですが、「自分がお金持ちになる」という意識の面では牡牛座的とも言えますね)。
そして、そんな淡い目標を描きながらも、外に飛び出して実行する勇気がないので、悶々とした思いを抱きながらも、会社に居続けることになったんです。
そして、その間に色んな人間関係の「試練」というか「ゴタゴタ」に遭遇しました。
これはなかなか「センテンス・スプリング」的な内容なので、ここでは詳しくは書けないのですが、人生で一番荒れていた時期であることは間違いない。
自分に正直になれないと、人間性も知らず知らずに蝕まれていくんですね。
20代後半のぼくは、公私ともども本当にタチの悪い人間だったんです。
【30代前半】「高級地鶏」なクセに英語全く出来ずに米国に行って「地獄」を味わう
そんな荒れていた時期を送っていたんですが、人生摩訶不思議なことが起こるもので、奇跡的に結婚して子供が出来ました。
親からは、
「あんたは家族の中で一人だけヘンやから、絶対結婚できない」
と言われていたので、自分でもビックリ。
もちろん結婚はすればいいというわけではありませんから、自分の人生の流れにフィットさえしていれば、してもしなくてもどっちでもいいと思いますし、むしろ今度は「結婚」と「子育て」がリンクしない「ボノボ」的な世の中になっていく可能性があるのではないかと思っています。
ただ、生んだ張本人である親に「変人」と公言されたぼくに関心を持ってくれる人が出てきたという意味では「ミラクル」であることには間違いない。
そして、またこれも摩訶不思議なことなんですが、2009年の春に、当時提携していた会社に出向する形で、米国に赴任することになったんです。
英語一言もしゃべれないのに。
実は、前の部署に7年間も在籍していたことで、ちょっと天狗になっていたんです。
だから、米国に行かせてちょっと「お灸をすえてやろう」と思ったとか思われないとか(もっとも大きな会社の人事ですから、単なる駒付きゲームで弾き出されただけというのが真相でしょうが)。
いずれにしろ、異動の理由はともかく、
この米国赴任が自分にとって天国から地獄に落ちる経験になったんですね。
だって英語一言もしゃべれないんですよ、米国行くのに。遊びじゃなくて仕事なのに。
それに、赴任先の仕事の経験も全くないんです。あげくのはてに、日本人がほとんどいない。そんな環境に放り込まれたんですよ。
もちろん、メンタル強い人だったら何の問題もなかったと思いますよ。
でも、ぼくは「チキン」なんです。ただの「鶏肉」じゃないですよ、「高級地鶏」なんです。だから「チキン」度合いも半端ないんです。
だから「地獄」に落ちたんですね。恐らく、これまでの人生の中で一番しんどかった。
「高級地鶏」である性格 + 妙に社交的で馴染めない米国文化 = 日本に帰りたい
という「スーパーホームシック方程式」が出来上がったんです。何回日本に帰りたいと思ったことか。
【30代中盤】「手痛い洗礼」と「アナ雪ラストシーン」の体験で価値観が大転換させられる
そんな「高級地鶏」のぼくにとっては「地獄」のような米国生活でしたが、もちろん「地獄」ばかりではありませんでした。
というより、むしろこの「地獄」経験をしてよかったんです。
なぜなら、この「地獄」のおかげで、これまでぼくにとって最大のコンプレックスだった英語が克服できたんです(今はもう全部忘れてしまいましたが、、)。
それに加えて、語学よりももっと大事な人としての「謙虚さ」の大切さも知ることができたんですね。
人間万事塞翁が馬。「出来事は起こるべくして起こる」ことを理解し始めた時期でもありました。
さらに、この米国での2年間は、これまでのぼくの価値観が大きく転換させられる、大きなターニングポイントにもなったんです。
米国での生活は、日本にいる時よりも、仕事が忙しくなかったので、色んなことをじっくり考える時間を持つことができました。
これまでのぼくは、「人はどう生きるべきか」というような、人として内面や人間力を磨く部分は一切スルーして生きてきたんです。
金融の世界に足を踏み入れたときに、スピリチュアル的な怪しげな精神世界の研究的なことをやっていたぼくの亡くなったおじいちゃんに、
「地に足をつけてコツコツやれ」「世のため・人のためになることをやれ」
とのご訓戒を頂いたのですが、当時血気盛んだったぼくは、
「自分が儲けて『勝ち組』になって何が悪い!?」
とイキがってしまって、右から左に流してしまっていたんですね。
そのおじいちゃんが熱心に送ってきてくれていた、「致知(日本で唯一人間学を学ぶ月刊誌と言われている雑誌)」とか、生き方を指南した手紙なども完全にスルーしていました。
それが、米国に行って「手痛い洗礼」を浴びた。
それで30を過ぎてようやく、「生き方」や「心」の問題にも目を向けるようになったんですね。
米国ではボストンという街に住んでいたんですが、ここがまた自然豊かで素晴らしいところなんです。
そのボストンの雄大な自然に触れることで、これまで自分が抱いていた価値観に疑問を持つようになった。
「ホンマに都会でお金を儲けて豪勢な暮らしをするということでエエんか?!」
と思うようになったんですね。
さらに、ぼくの価値観の転換に大きな影響を与えたのが「子供」でした。
ぼくは、子供が生まれるまでは、どちらかと言うと親になって子供を育てるということを面倒なものだと思ってたんです。
でも、いざ触れ合ってみると、不思議なことに愛着がわいてくるんですね。
ぼくは、物事を斜に構えてしまうことが多くて「愛」や「情」などからは程遠い人間だと思っていたんです。
だから、自己防衛のために近寄りがたい雰囲気を醸し出すことが多かった。
でも、子供ってスゴいんですよね。そんなぼくにもズケズケとやってくるんです。文字通り懐に飛び込んでくるような感じで。
そんなことをされると、
まさに「『アナ雪』のラストシーン」!
って感じで、ぼくの心のバリアをあっけなく氷解してしまうわけですよ。
受験バカになってから何十年もず~っと忘れていた純粋な「愛」の感覚を、子供が思い出させてくれたんですね。
これこそが、地獄ながらも時間に余裕のあった米国生活がぼくにもたらしてくれた最大のギフトだったんです。これは、忙しい日本では味わえない経験でした。
でも、残念ながらそんな幸せな時間も長くは続かなかったんです。
【30代後半】昔のエルサじゃなくなった自分を襲った帰国後のストレスが家庭崩壊の危機を招いてついに「脱線」
2年後、再び日本に戻ると、仕事の忙しさから週末しか子供に会えない状況になりました。米国に行く前の状況に逆戻りですね。
以前のぼくであれば、何も感じなかったかもしれません。むしろ、普通に仕事に邁進していたでしょう。
でも、残念ながらぼくは米国で「『アナ雪』のラストシーン」を体験してしまったんです。
そこで「愛」を知ってしまった。昔のエルサじゃなくなったんです。
ぼくは「ありのままで」生きたい人になってしまってたんですよ。
だから、そんなぼくに帰国後のこの状況は耐えられなかった。生活のためとはいえ、これが自分が自分らしくいられる環境なのか、また自分や家族にとってあるべき姿なのか。
「ありのまま」どころか「ただの働き『アリ』」やんけ!?
と、疑問を抱くようになってしまったんですね。
我が家は、こともあろうか子供が3人。しかも、よめもぼくも故郷が関西なのに、仕事の関係で関東に住んでいたので、親に頼ることが出来ない。
結果、3人の小怪獣たちの世話を、よめが一手に引き受ける状況が続いてしまっていたんです。
これがどういう結末を招いたかは、想像に難くありません。
一方、ぼくはぼくで、会社の仕事が精神的にも肉体的にもキツく、ストレスがピークに達してしまった。
せっかく米国で解かされたぼくの心が、再び凍ってしまったんです。
昔のエルサに戻ってしまったぼくは、家族に温かい心で向き合うことができなくなってしまったんですね。
さらに、子供は子供で、そんな疲弊した親のネガティブな波動を、物理的にも感情的にも受け取ってしまう。
その結果、「問題行動」に拍車がかかって手に負えない始末。
家族全体が負のスパイラルに陥ってしまい、まさにリアル「家族ゲーム」状態。
もはや「環境」を変えないと、家族が崩壊してしまう状況にまで追い込まれてしまったんです。
でも、「環境」を変えるということは、会社を退職して故郷の関西に戻るということ。つまり「レール」から外れてしまうことを意味していました。
10年以上その勇気を振り絞れなかったぼくからすれば、それは土台無理な選択のように見えました。
でも、そのときのぼくは、もはやそうするしかありませんでした。
家族崩壊の危機を打開するためには、「レール」から外れることしか選択肢が残されてなかったんです。
こうして「追い込まれ解散」させられる形で「レール」から外れることになりました。
「高級地鶏」だったぼくが、「アリ」でもなく「トリ」でもなく「人間」になるためのまさかのバンジージャンプ。
おかげで、気持ちいいくらい真っ逆さまに転落して、せっかくこれまで築いてきた社会的地位や肩書きがきれいサッパリなくなってしまったんです。
まさに「ドメスト」もビックリの「まっしろ」状態。
そこから、文字通り「脱線の人生」を歩み始めたわけなんですね。
【40代前半①】「主夫」生活によって浮かび上がった自分の醜い人間性に直面させられる
「追い込まれ解散」の結果のバンジージャンプによって、晴れて「人間」になったぼくですが、故郷の関西に戻ってからしばらくは、小学校に入学したばかりの子供や家族全体の生活を安定させることが第一でした。
家族を立て直すことに必死で、いわゆる「主夫」的な生活を送っていたんです。
いずれ社会復帰をすることがあったとしても、「起業」ということまでに考えを及ぼす余裕がなかった。
とは言えこの「脱線」によって、皮肉にも「望み通りに」日常的に子供との時間を持つことができるようになったんです。
正直色々疲れていたぼくにとって、この「主夫」生活は決して悪い感じではありませんでした。
しかし、一方でこの「主夫生活」は、ものすごく大きく、かつ根源的な課題をぼくに突きつけてきたんです。
晴れて「人間」になったまではよかったんです。でも、肝心の人間としての「力」がなかったんです。
すなわち、人間が人間らしく生きていくための「人間力」が全く欠けていたんですね。
つまり、
アラフォーにして「人間力」が全く備わっていない自分の醜い姿と向き合わないといけない
という強烈な課題を突きつけられたんです。
「子育て」とは、字面こそ「子を育てる」と書きますが、その実は親子で学び合う「双方向の育て合い」です。
子供と接する中で、親も子供に人として育ててもらってますよね。子供の純粋な所作から、大人になる過程で失った素朴でやさしい生き方を教えてもらっている。
しかも、子供には「社会的地位」や「肩書き」は一切通用しません。
子供には「人間性」でしか勝負できないんです。
実は、子供と日常的に関わるようになった「主夫」生活は、ぼくの醜い「人間性」を如実に浮かび上がらせるものだったんです。
大手金融機関の管理職という「肩書き」の鎧を外したぼくの本当の姿は、
短気で・嫉妬深く・ケチで・思いやりがない、まさに「人間力ゼロ!」
という実に醜いものだったんですね。
会社に勤めている時は「社会的地位」や「肩書き」を「人格」と勘違いしてしまいます。
「偏差値」や「出身大学」を人格と勘違いしてしまうことと同じですよね。
ぼくは、高校受験からほぼ30年近くに渡って「弱肉強食・適者生存」という「競争論理」の中に生きてきました。
その中で、
「人のために尽くす」「困った人を助ける」「みんなで力を合わせる」といった「協調論理」をすっかり忘れてしまったんですね。
本当は、社会に出たら「競争」よりも「協調」の方が生きていく上では大切なはずなんです。
でも、ぼくは自分のおかれた環境に流されて、大いなる「勘違い」をしてしまっていたんです。
社会的地位の上昇と反比例するかのように、実はそのウラでぼくの「人間性」は急降下していた。
この「不都合な真実」に、アラフォーで「まっしろ」になったことでようやく気付かされたんですね。
それはまぎれもなく子供のおかげです。
ぼくは、人としてもう一度やり直す必要があったんです。
本来であれば、もっと前に身につけておかないといけないはずの「人間力」を再構築するために、家族の力を借りながら「生き直し」を始める必要があったんですね。
【40代前半②】「転落」から「脱線」の流れの中で「見えない存在」が働くメカニズムに興味を持ち始める
これまでの一連の流れは、教科書的な月星座の概念に体験的に疑問を抱かせるものでした。
月星座・山羊座の教科書的な解釈に従えば、ぼくの本能的欲求は「社会に認められる成果を出すこと」。
その欲求を満たすかのように、実際大手企業で管理職にもなりましたし、海外駐在経験もさせてもらいました。
端からみたら、社会的に羨まれるポジションにいたであろうことは否定できません。
ですから、自分は内面的にも満たされているはずでした。
しかし、その実態は、社会的地位が上がれば上がるほど、逆に内面的に苦しんでいったんです。
でも、それが自分の本能的欲求だったから、もっと上を目指さないといけない。
今の自分が苦しいのは、まだまだ社会的地位が低いからだと考えていました。
それが、見事に破綻したんですね。
だから、もっと苦しくなるかと思ったら、実際はその逆でした。
たしかに、自分の人間性の醜さには直面させられましたが、社会的地位が「まっしろ」になって、不思議なことに、穏やかな自分がいることに気がついたんです。
「穏やかさ」は太陽星座・牡牛座が本来持っている性質です。
しかし、それが社会的地位を追いかけている時期には、なかなか明るみに出なかったんです。
実際、太陽星座・牡牛座のくせに、それまでのぼくは恐ろしく短期で、人情味も全く無く、山羊座そのものでした(注1)。
「月」が「太陽」を見事に覆い隠していたんですね。
それを米国での生活が、まさに太陽が照らすようにぼくの心を「解かして」くれたんです。
「月」の影響が薄れて、本来の姿である「太陽」が浮かび上がってきたんですね。
このことを見事に表現されたのが、占星術の大家であるマドモアゼル・愛さんのおっしゃる「月の欠損理論」でした。
この「月の欠損理論」は、それまでの教科書的な月星座の概念を180度覆し、
「月の表す『本能的欲求』はウソであり、欠損なので、それを追いかけてはいけない」
というビックリ仰天の理論でした。
これは字面だけだとなかなか受け入れにくいかもしれませんが、実際の自分の経験に当てはめてみると見事に合致していました(注2)。
自分の苦しみは、「レール」に乗っかって社会的地位を追い求めていたこと、つまり月星座・山羊座の本能的欲求に従ったことによってもたらされていたことがわかったんです。
そして、それを山羊座の反対星座である蟹座を使って、仕事よりもより家族を大事にすることによって手放したとたん、自分本来のものである太陽牡牛座の「穏やかさ」が戻ってきたんです。
これは占星術の凄さと奥深さを思い知った、ものすごい経験でした。
「人間万事塞翁が馬」と言いましたが、
月星座・山羊座を手放すために、星の意識や見えない存在たちが、勇気のない自分に成り代わって、事態を打開すべく「強制終了」ボタンを押してくれたのではないか
と、今となっては思っています。
昔から祖父の影響で存在自体は聞かされていた、霊や星の意識などの「見えない存在」。
若い頃はずっと無視していましたが、大人になって人生の壁にぶつかることで、その存在に気付かされました。
そして、「見えない存在」が働くメカニズムである占星術や潜在意識について興味を持ちはじめ、気がついたらプログラミングで起業の傍ら、そちらの世界にも足を踏み入れて行ったんです。
当時は、それが後に「あすとろサイコロ」を生み出すことになるとは、全く想像していませんでしたが。
【40代中盤①】どうせ「レール」に戻れないから「やりたいことやるか」とプログラミングを始める
そうして、環境が変わって1年あまりが経ちました。
家族も立て直すことが出来て、社会復帰が出来るくらいまでに自分の時間が持てるようになったんです。
これまでのぼくは、「自分がお金持ちになって、自分が豊かになる」ことを目標にしてきました。
でも、家族を持ち、子供と向き合い、価値観を転換させられたことで、その目標は今のぼくには合わなくなっていました。
「何か世のため・人のためになるようなことがしたい」
と思うようになったんです。
社会人成り立てのときにおじいちゃんに諭されたことが、20年近く経ってようやく自分の腹に落とすことが出来るようになったんですね。
これは、米国での経験や家族崩壊の危機がなかったら起こりえなかった。ぼく自身では到底起こしえない変化だったんです。
そうは言っても「高級地鶏」だったぼくは超チキンボーイ。夢や目標が見つかっても、「レール」から外れて実行する勇気なんてさらさらありません。
でも、今のぼくはすでに「レール」から外れてしまっている。
「いい大学に行って、いい会社に入る『レール』」は、残念ながら一度脱線すると二度と復帰することができません。
つまり自分からは事を起こせないぼくが、「自分で何か新しいことを始めざるを得ない環境」におかれてしまったわけなんです。
だったら、
どうせ元のレールに戻れないなら、自分のやりたいことでもやるか
ということで、アラフォーにしてプログラミングの勉強を始めたんですね。
そう考えると、これも人間万事塞翁が馬。
「『危機』というのは、起こるべくして起こる」
ということなのかもしれません。
【40代中盤②】孔子大先生の教えにのっとって「いい年こいて」アラフォーで起業してしまう
でも、アラフォーで、しかもこれまでの仕事と全然関係ない分野のことを始めるなんて、
アホちゃうか!?
って思いますよね。
もちろん、失敗する可能性もあると思います。というかむしろ高いでしょう。
これまで自分を抑圧してきた奴が、何かやろうとすると、とんでもないことをしでかすという悪い例ですよね。「常識はずれ」もいいところです。
でも、なぜか金融の世界に戻るつもりはなかった。
離れてみて自分に向いていないことがわかったし、それよりも
自分のやりたいことで、自分でリスクを取ってやってみたい
と思ったんですね。
くどいようですが、ぼくは人に敷かれた「レール」の上しか歩けなかった超チキンボーイです。
そんなぼくが、
自分の内面の弱さを克服するためには、他人ではなく自分で「レール」を敷く経験が必要
だったんです。
だから、「やりたい」という想いとともに「やる必要がある」と。
そうすることで、
子供たちにも社会の既存の「レール」から外れて、思い切って自分の好きな道を進ませてやることが出来る。
そんな大人になりたいと思ったんですね。
でも、
「アラフォーのおっさんになってから『起業』なんていい年こいて」
と思いますよね。ぼくももちろん思いました。
かの有名な古代中国の哲学者・孔子も「四十にして惑わず(=不惑)」と言ったんです。
「40歳になれば心落ち着き、惑わされなくなる」
と解釈されることが多い有名な論語です。
だから、
「アラフォーにもなって『起業』なんて、フラフラしてどうすんねん!?」
ってことになるわけです。
でも、実は「不惑」の本当の意味はそうじゃないらしい。
実は、その本当の意味とは、
道理も良く知り、枠にとらわれない自由な発想で物事を考えること
なんだそうです。
だから、
四十にもなれば過去の実績にしがみつくことなく、新しい領域にチャレンジしていくべきだ
というのが「不惑」の本当の意味なんだとか。
なるほど~!!
アラフォーにもなって全く新しいことに挑戦するなんて「常識はずれ」の無鉄砲かと思ってたら、実はむしろ「逆」だったんですね。
「孔子大先生も『やれ~!』と言ってくれてるやんけ~!?」
と、勝手に自分の都合の良いように解釈して、無謀にも一念発起することにしたんです。
「超高級地鶏」だったチキンボーイのぼくが起業しちゃったんですね。
とは言え、
アラフォーからプログラミングを始めたので、習得するまでの道のりはまさに「黒歴史」そのものでした。
でも、想いを行動に移していけば、徐々に形になるものです。
「思考は現実化する」というあやしい成功法則も、あながちウソではなかったということを、身を持って体感したわけです。
【40代後半①】プログラミングで食べていけるようになったものの「何かが足りない」
そんなわけで、2017年に始めたスマホアプリプログラミング講座「みんプロ式」ですが、おかげさまで3,000名以上の方にご受講頂き、ご満足の言葉もたくさん頂戴することができました。
そして、自社アプリの方も、メガヒットとまではいかないものの、こちらも沢山の方にご利用いただけるようになりました。
何の経験もないぼくが、アラフォーから始めてプログラミングで食べていけるようになったのは、ひとえにお客様と自分を影に日向にサポートしてくれた周りの方々のおかげであると深く感謝しています。
この起業の経験が、サラリーマン時代の「口だけ・高級地鶏男」だったぼくに、人生のアップデートをもたらしてくれたことは間違いありません。
しかし、その一方で、この状況に完全に満足しきれていない自分がいるのを感じ始めてもいました。
たしかに、プログラミングはめちゃくちゃ楽しいです。夢中になったら寝食忘れてしまうくらい没頭できてしまいます。
プログラミング講座やスマホアプリの開発は、今後も続けていこうと思っています。
でも、「何かが足りない」のを感じていたんです。「これが本当に自分がライフワークとしてやりたかったことなのか」と。
ぼくは、「合同会社てるる」という会社を作って活動しています。
この「てるる」という社名は、末っ子の名前から取ってきたという超安直(あんちょく)なものですが、意味は一応ちゃんとあります。
それは文字通り「照らす」ということなんですが、
「人々の心を明るく照らして、未来に向かって明るい希望を持ってもらいたい」
という想いを込めて名付けたんです。
プログラミング講座や、自社開発アプリの根底にはこの理念があります。
プログラミングは、仕事で役立つスキルが身につくだけではありません。
プログラミングを学ぶと
「助け合い」とか「思いやり」の精神も育むことができて、さらには「創造力」によるアンチエイジング効果まで期待できる。
まさに心身ともに人生を豊かにする要素が詰まっている。
それをプログラミングで通して身につけてもらいたいというのが根底の願いなんです。
でも、プログラミングという技術も、AI隆盛の時代ではいつまで続くのかわからない。
仮にそれが無くなった時、自分はどうやって会社の理念を提供できるのだろうか。
そう考えた時に、もっと直接的に理念を体現できる手段があるじゃないか。
自分が実際に人生をアップデートする際に使った手法を、伝えていけばいいんじゃないか。
という想いが湧いてきたんです。
【40代後半②】これまでの道程が一本の線につながり、アラフィフで「あすとろサイコロ」始動
そんなアラフィフに差し掛かったタイミングで、この「あすとろサイコロ」を始めました。
40代後半からは「木星」の惑星域。自分の人生経験を社会に還元するフェーズに入ると言われています。
「あすとろサイコロ」は「アラフォーからの人生アップデートを応援する」ことを目的としています。
そのためには、ぼく自身がアラフォーから人生をアップデートしていないと説得力がないですよね。
だから、「プログラミング」という、サラリーマン時代の「金融」とは全く関係ない分野での起業という経験が、ぼくには必要だったんだと思います。
この経験を経たことで、「金融」「プログラミング」「スピリチュアル」という、全く関係ない分野での道程が、1本の線になったんですね。
ただ、ここで誤解してほしくないのは、「アップデート」というのは、何も事業が成功するとか、金銭的に豊かになるとかという、物質的な成果と直接関係あるわけではないということです。
以前よりも「自分は生きてる!」という実感を持てるようになること。
つまり「『内面の』アップデート」こそが、本当の意味での「アップデート」なんです。
ぼくも、起業してからしばらくは泣かず飛ばずで大変でした。
でも、そんな不遇の時期でも、自分で選んで・自分で決断して・自分で実行しているから、「自分は生きてる!」という実感がありました。
実は、それだけで十分「アップデート」なんです。
そして、「自分の意思で決断して実行する」力さえ取り戻すことができれば、仮に今やっていることがうまくいかなかったとしても、次に挑戦する意欲が湧いてくるはずです。
なぜなら、「自分が生きてる!」という実感は、まさに太陽星座が体現されているということであり、太陽星座は生命力とバイタリティの源だからです。
また、「アップデート」の本質は内面ですから、何も起業することだけが「アップデート」というわけでもありません。
「自分は生きてる!」という実感さえ持てれば、組織の中での仕事でも雑用でも何でもいいんです。
「何をやるのか」ではなく「どういう『意識』をもってやるのか」。その「意識」を変えることこそが「アップデート」なんです。
そのアップデートされた「意識」でもって事を起こせば、外側の現象にもいずれ「良い変化」というアップデートが訪れることでしょう。
【むすび】一人でも多くの方の人生アップデートに貢献し、太陽星座の使命である「地上の楽園」創出を果たしたい
40代前半のぼくは、まだ「アップデート」されていませんでした。
だから「あすとろサイコロ」を始めるのも時期尚早だったんです。まだ「スピリチュアル」を標榜することへの羞恥心もありましたし。
でも、アラフォーから起業するという経験の中で、実際に自分の人生で「スピリチュアル」を使いこなすことで、それを世間のうさん臭いイメージや自分の羞恥心を超えて、地に足のついた実践的な「ツール」してお伝えする「覚悟」がつくようになりました。
占星術やタロットは、世間で認識されている「運勢占い」のような単純な「当て物」ではありません。
そういう要素も確かにありますが、それよりも、
・自分の内面と対話して、
・自分の知らない自分を発見し、
・自分の気づいていない可能性に気付くことができる
人生の大切なパートナーとなり得るものなのです。
もちろん、占星術にしろタロットにしろ、およそ「スピリチュアル」と名のつくものは、現時点では科学的根拠に乏しいものも多く、いく通りもの解釈がまかり通るため、「主観的」なものに傾くのは否めません。
ですから、大事なことは、「ツール」で出てくるアウトプットを自分なりに解釈できるようになること。
さらにもっと大事なことは、それを今後の人生に前向きに活かすことなのです。
そのためには、何も占星術を誰よりも深く知る必要があるわけでもなければ、プロのような高いスキルが必要なわけでもありません。
必要なことは、スキルの高さや知識の深さではなく、誰か他の人に占ってもらって、それに従うような他人任せの人生ではなく、自分の直感を信じて、自分で自分の人生に責任を持てるようになるという「意識」を持つことなんです。
その「意識」さえ「アップデート」できれば、スキルは最低限なもので十分なんです。
ぼくは太陽星座が牡牛座です。牡牛座の使命は「地上の楽園を創ること」。
牡牛座は「地」の星座なので、「地上の楽園」といえば、「モノ」や「お金」など物質的なことを連想しがちですが、そうではありません。
同じ100万円をもらっても、「こんなにもらえるのか!」と喜びを感じる人もいれば、「たったこれだけ?」とひもじさを感じる人もいます。
「楽園」は、そうであると感じられてこそ「楽園」なんです。
物質的な豊かさを享受するためには、その豊かさを感じられる内面の力が必要なんです。
「あすとろサイコロ」は、そんな内面の力を「アップデート」するお手伝いをしたいと考えています。
「あすとろサイコロ」が、一人でも多くの方の人生アップデートに貢献し、それによって「地上の楽園」創出に少しでもつながれば、これにまさる喜びはありません。
あすとろサイコロ運営者・代表
プログラマー/アストロアナリスト/心理カウンセラー
きーぼー
プロフィール
大阪府生まれ。太陽星座・牡牛座、月星座・山羊座。
2000年より日系・米系金融機関に計15年間勤務し、日本株トレーダー・アナリスト、証券バックオフィス、経営企画、システム開発、海外投資家向け日本株マーケティング、資産運用会社の会計・税務・法務など幅広い業務に従事。
仕事に追われる日々を送っていたが、ふと気づけば家庭のバランスが崩れ、家族との関係が危機的な状況に陥る。「このままでは家族も自分も限界を迎えてしまう」と感じ、家族との時間を取り戻すために退職。「主夫」として3人の子どもの子育てに携わる日々を送る。
その後、人生を見つめ直す中で、「自分はこの先どう生きていきたいのか?」という問いに直面し、2016年に合同会社てるるを設立。全くの未経験からスマホアプリ開発に挑戦。これまでに、「願望実現サポートアプリ『GAMBO』」「Meisoー1番シンプルなマインドフルネス瞑想アプリ」「小学生からの英検®単語」など、「せっかくスマホという文明の利器を使うなら、ネットニュースやSNSで心をすり減らすよりも、自分の人生を前向きにすることに使ってもらいたい」という理念のもとに、メンタルヘルス・知育・自己啓発をテーマにした6タイトル・計12本(Android・iOS)のアプリをリリース。
2017年には、自身の社会人経験やプログラミング経験、子育ての経験を基に、「プログラミング挫折撲滅プロジェクト・みんなのプログラミング by Telulu LLC」を設立。プログラミング初心者や挫折経験者を対象にしたサポート活動を開始し、これまでに3,000名以上の方々を支援し、多くの受講生に「自分にもできる!」という成功体験を届けている。
この頃から、占星術や心理学・潜在意識等のスピリチュアルな分野に目覚める。自己理解を深め、内面の成長を促すための実践的なツールとしてそれらを活用。アラフォーで「これまで築いてきたキャリアを手放す恐怖」と向き合い、「肩書きに頼らない生き方」を模索。少しずつ自分らしい人生を構築中。
そして、アラフィフを迎え、「これまでの経験を誰かの役に立てたい」という想いが強くなり、2025年初に「40代からの人生アップデートを応援する『星』と『心』のメディア・あすとろサイコロ」を立ち上げ。「地上の楽園を創る」という太陽牡牛座の使命を掲げ、「何歳からでも人生はアップデートできる」という理念を元に、ミドルエイジ世代の人生アップデートを応援すべく活動を続けている。
あだ名(ニックネーム)
「3年目の浮気」がわかる世代の方からは「きーぼー」と呼んで頂いていますので、そう呼んでもらえるとうれしいです。
小さい頃は「きっちゃん」とか「きっちょむ」とか「さる(そのまんまやん!?)」とか色々。
できること
- スマホアプリプログラミング(FlutterでAndroid・iOSアプリ開発)
- webサイト制作(このサイトもWordpressで自作してます)
- 心理カウンセリング(心理カウンセリング・人生相談・育児相談・マネー相談等)
- Microsoft Office(Word・Excel・PowerPoint/LibreOffice)を使った文書・資料作成
- Excel VBAを使った業務効率化ツール作成
- Youtube/Vimeoでの動画配信
- Camtasia・AviUtlを使った動画編集
- 小規模会社の会計・税務・労務・法務など、バックオフィス関係のことはだいたいできます
- 子守り(小学生以下の子供は得意です)
- 結婚式での友人代表あいさつ(過去4〜5回ほどやりました)
座右の銘
- まさに知るべし、万法は唯心なり
- 情けは人のためならず、廻り廻って己が身のため
- 心温かきは万能なり
生態
- 占星術/プログラミング/読書/寺社仏閣巡り/駅・街歩きが趣味です
- 基本朝5時半ごろに起きますが、夜は10時台には寝てしまいます
- 早朝ランニング(毎日じゃないけど)・瞑想・妄想・トイレ掃除が日課です
- ダンス音楽(80年代・90年代)好きですが、全く踊れません
- 天然ボケらしい(太陽牡牛座なので?)、テンパるとワーカホリック気質に(月山羊座なので?)
(ぼくの活動記録はこちら)